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2011年4月11日 (月)

被災地の状況をお話しいただきました

本日は、友人のお誘いをいただきまして、午後より龍谷大学で行われた

~東日本大震災被災地(福島・宮城)の救援活動報告「本学客員教授・高橋卓志氏『市民活動論研究Ⅰ』一般公開~

を聴講にまいりました。

大きくは2部構成になっており、

①宮城県南三陸町社協災害ボランティアセンター派遣報告・・・大津社協 山口浩次氏

②東北・関東大震災から1カ月「現場はいまどうなっているか」・・・高橋卓志 客員教授

でありました。

まず、

①宮城県南三陸町社協災害ボランティアセンター派遣報告・・・大津社協 山口浩次氏 について

・支援期間:平成23年3月26日(土)から同年4月2日(土)までの8日間

・行きに13時間、帰りに12時間かかった。

・高速道路はとても傷んでいる印象

・4月7日の6強の余震により、今はもっと道路が痛み、移動には時間を要する可能性あり

・目的地の宮城県南三陸町に向かった山口氏の印象は「津波を受けた地域とそうでない地域は地獄と天国ほどの差があった。」

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・南三陸町の8割が壊滅的な状況となっている。

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・せっかく助かっても、避難所で倒れる方が多く、石巻の日赤に救急車で運ばれる様子が散見された。

・3・11の地震当時、観光バスなどで東北地方に観光に訪れていた方が約4000名ほどおられ、そのうち約3000名が行方不明となっている。

・2万人に満たない南三陸町の人口に46か所の避難所(当時)があり、様々な情報の把握に時間がかかった。

・いま、救援物資はほぼ足りているが、いまなお最も必要とされているのが女性用の下着

・ボランティアのためのボランティアセンターを開所している。その開所時間は09:00~16:00の間

・テレビを観てボランティアに来ていただいているが、住民との意識の差があり、トラブルが発生している。

報告の中心はボランティアセンターの開設とその実務についてでありました。

報告をお聞きしたのちに質問時間の設定があり、受講された方から様々な質問がありましたが、私も次のことについて伺いました。

Q:4月6日に政府発表「被災地等における安全・安心の確保対策について」がありましたが、その内容は、自主防犯を促すようなものも含まれていました。山口さんがおられた地域の治安状況はどうでしたか?

A1:46ある避難所のうち、一か所で物資の盗難があったが、頻発している状況ではなかった。

しかし、津波に流された車の給油口は開けられており、ガソリンを拝借したという状況は頻発していた。

「思い出探し隊」というボランティアでアルバムや所有物などを回収する活動があったが、実際にはそこらじゅうに現金や通帳、貴金属があり、そのボランティアがそれらをくすねているのではないかと地元民が懐疑的になったりした。

A2:阪神淡路大震災では、泥棒がボランティアセンターに登録して、情報を入手したのちに犯行に及ぶということもあった。

などの、回答を複数の関係者からもいただきました。

次に

②東北・関東大震災から1カ月「現場はいまどうなっているか」・・・高橋卓志 客員教授 について

高橋さんは、1991年にチェルノブイリに行ってから1997年までの6年間で合計36回もチェルノブイリに通われ、救助活動を行ってこられました。

その経験によってもたらされた知識は、福島第一原子力発電所爆発事故において被害を受け、高橋卓志氏が今回訪れた南相馬市の状況と照らし合わせることができ、今後南相馬市で起こるであろうことが予見できるとのお話でありました。

まず、チェルノブイリでの放射能汚染の拡大状況の地図を見せていただきました。

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↑この図の濃い色のところが汚染地域です。地図上に同心円をあえて重ねていますが、こうしてみると放射能汚染は放射状(同心円状)に広がるものではないことが分かります。

しかし、日本政府は、いまでも避難地域等を同心円で設定しており、それが風評被害の原因となっている等、気づきをいただきました。

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↑これは、福島第一原子力発電所の3号機の爆発後の写真。黒煙が立ち上っています。この煙は放射線核種そのものであり、生態系に影響を与える汚染物質であります。

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↑チェルノブイリ事故でのリクビダートル(除染作業員)

リクビダートルは、雨合羽のような服に鉛のエプロンといういでたちで250m㏜/h以上の作業を行い、多くの犠牲を出しました。

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↑現在の福島第一原子力発電所の状況写真。

25年前の悪夢が、現在の福島第一原子力発電所で起こっています。

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↑このスライドにあるように、心配なのは甲状腺がんであり1986年に起こったチェルノブイリ事故の放射性核種に起因する生態的反応は1998年から増加し、2001年にピークとなったとあります。

つまり、放射性核種吸引後12年から15年で、甲状腺がんの発生が顕著になるということですので、同じことを福島第一原子力発電所爆発事故に当てはめると、2023年から2026年にかけて、甲状腺がんがピークになると推測できます。

また、高橋卓志氏のお話の後にも、質問時間が設けられました。

そこで、さまざまなディスカッションがありましたが、印象的だったのは

Q:復興はどれくらいの期間を要するか?

A:原子力災害の深刻な影響を受けない地域でも、10年、15年、あるいは20年はかかるかもしれない。震災から16年経った神戸でもいまだにマンション等の建て替えができていないなどの状況がある。

また、放射線核種の飛散等により、退去を余儀なくされている区域については、復興の文字は使えない。風下の苦しみは今後も続く。チェルノブイリのプリピャチ(死の町となった)の現状と照らし合わせると理解できると思う。

復興には物流が必須だが、汚染された地域に物流は構成できない。実際に避難を余儀なくされた同心円で設定された区域に、お茶の製造を行う会社がトラックにいっぱいの支援物資を積載して入ったところ、それを知ったクライアントから「お宅のトラックは放射能汚染されてしまった。もうお宅とは取引できない。」と宣告されたとの話を確認した。

また、その地域にはボランティアも入ってこない。医療従事者もいない。同心円内の避難所は劣悪な状況にある。

同心円内に避難所があるといったが、チェルノブイリではサマショール(わがままな人々)が、「放射能に汚染されたっていうが、ここにいても何も感じない。いったい何が危険というのだ。ここはわれらの街だ。出て行けと言われても出ていかない。」という状況があった。福島の汚染地域でも、同じことが一部で起こっている。しかし、そこに支援の手は行き届かない。

このように、第1部、第2部とも講師先生は、自ら現地で活動をされており、生き字引的な方からのお話でしたので、とても説得力があり、勉強になりました。

ちなみに、私のレポートは、約4時間に及ぶ講義のほんの一つまみの概要でありますから、詳しくは、インターネット上にある高橋卓志先生の記録等をご参照ください。

宮尾 孝三郎

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