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2010年8月 2日 (月)

クウェート侵攻から20年

今から20年前の1990年8月2日、イラン・イラク戦争の約600憶ドルもの戦時債務を抱えたイラクにとって唯一ともいえる外貨獲得手段である原油の相場を不当に低くしているとして、クウェートに対して攻撃を開始しました。

アメリカは、戦争時に貸した債務が滞っているとして、食物の輸出制限を事前に課していました。

このように、イラン・イラク戦争時には、さまざまな国から援助を得て戦争を続けたイラクでしたが、戦争が停戦という形となったことで、戦時債務ばかりが膨らみ、高値で売り債務返済に充てたいとする思惑ははずれ、中東地域の原油の価格が周辺諸国の非協力により低く抑えられ続けた状況は、「窮鼠猫をかむ」状況そのものでした。

私は、冷戦後の湾岸戦争が、最初の21世紀の戦争と見ています。

軍事産業にとっては、実験場となりました。

トマホークミサイル、劣化ウラン弾、F-117(ステルス機)、パトリオットミサイル、地中貫通爆弾(バンカーバスター)、グローバル・ポジショニング・システム(GPS)、F-15Eストライクイーグルと、新たな兵器が導入されました。

その性能は報道番組により、お茶の間のテレビで“観戦”できるようになり、その流れは今に通じます。

自衛隊にとっても、転機でした。

湾岸戦争終了後、ペルシャ湾の機雷を掃海するために海上自衛隊に対し派遣が要請され、自衛隊創隊以来の海外実任務となりました。

日本経済と政治にとっても転機でした。

クウェートは戦後、参戦国などに対して感謝決議を出しましたが、日本はその対象に入らなかったという話のみが日本に伝わっています。

もっとも、クウェートにしてみれば当初の援助額である90億ドル(当時の日本円で約1兆2,000億円)の内、クウェートに実際に渡ったのはわずか6億3千万円に過ぎず、大部分(1兆790億円)がアメリカの手に渡ったことを知ってのことです。

その後も、日本はその手の手法に引っ掛かっていきます。

非常に大きな転換点であったイラクのクウェート侵攻~湾岸戦争

今にも通じているものを感じ取っていただきたいと思います。

宮尾 孝三郎

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