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2010年8月15日 (日)

終戦の日

終戦の日でありました。

学校で、くわしい史実を学んでいない者ですから、いまだに先の大戦までにいたる日本の軍事における考え方を理解していません。

中国大陸における紛争と太平洋における戦争を、島のあつまりである小さな国が、ある一定の時期から同時に作戦を展開していたという、想像を絶する行動であったという理解の仕方をかろうじてしています。

その伸びに延びた戦線の状況をどのように把握し、指令を下し、実行の確認はどのように行っていたのか、現代の装備があったとしても、極めて困難な行動をとっていたように思えてなりません。

玉砕という言葉は、アッツ島の守備隊全滅のときに大本営が使ったのがはじまりとされていますが、主な玉砕を列挙しますと・・・

1943年
5月29日:アッツ島守備隊玉砕
11月22日:ギルバート諸島のマキン守備隊玉砕・タラワ守備隊玉砕
1944年
2月5日:マーシャル諸島のクェゼリン環礁守備隊玉砕
2月23日:マーシャル諸島のブラウン環礁守備隊玉砕
7月3日:ビアク島守備隊玉砕
7月7日:サイパン島守備隊玉砕
8月3日:テニアン島守備隊玉砕
8月11日:グアム島守備隊玉砕
9月7日:拉孟守備隊玉砕
9月13日:騰越守備隊玉砕
9月19日:アンガウル島守備隊玉砕
11月24日:ペリリュー島守備隊玉砕
1945年
3月17日:硫黄島守備隊玉砕
6月23日:沖縄守備隊玉砕(指揮官の自決により組織的戦闘終了)

ウィキペディア「玉砕」より

そして、最後には本土決戦を準備し「一億総玉砕」が叫ばれました。

このような戦争で、命を祖国のために落とされた軍人の霊を鎮めるために、玉音放送が流されたこの日に、「全国戦没者追悼式」という国家行事を行っています。

先の戦争を知る方々の高齢化により、だんだん単なる歴史の一ページになっていくのかもしれませんが、知る努力を怠らないようにしたいと思っています。

宮尾 孝三郎

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