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2010年7月 4日 (日)

公私混同こそ、「腐敗」の構図であります

行政に携わる者は、公私をはっきり認識しなければなりません。

これをできない者が行政に携わった場合、社会的腐敗が始ります。

社会的腐敗とは、公的活動の中の私的な歪みをさします。

組織全体を代表しその組織の名において意思決定や行為を行う個々の部局や個人が、その活動に際して私益を優先させる意図を抱いたりすると、腐敗の構造につながっていきます。

とはいえ、戦後の日本では、公的利益とは要するに私的利益のたかだか総和にほかならず、政治を行う者もこぞって腐敗に傾倒するケースが多発したのでありますから、その場合政治も行政も同罪であります。

公私混同を私が強く糾弾するのは、それこそが腐敗の構図だからであります。

もうひとつ、J・F・クラークは「政治屋は次の選挙のことを考え、政治家は次の世代のことを考える。」といったそうですが、みるかぎり、その多くはいまでも政治屋であると感じています。

参考:日本の自殺(PHP)

宮尾 孝三郎

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