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2010年4月14日 (水)

乳離れできなかった日本政治

漫画「ドラえもん」は、現代の日本に見えます。

【以下転載開始】--------------------------------------

あらすじ (Wikipediaより)

何もやってもドジばかりの少年「野比のび太」。お正月をのんびりと過ごしていると、机の引出しから、のび太の子孫「セワシ」と「ドラえもん」が現れる。

未来の野比家では、のび太が残した借金がセワシの代まで及んで困っているという。悲惨な未来を変えるために、セワシが世話係として連れてきたドラえもんと暮らす事になるのび太。

ドラえもんはポケットからひみつ道具を取り出しのび太を助けてくれる。のび太は道具に頼りがちになりながらも、時には反省し学んでいき、少しずつ未来はより良い方向へと進んでいく。

典型的なプロットは「のび太の身にふりかかった困難を、ひみつ道具で一時的に解決するが、道具を不適切に使い続けた結果、しっぺ返しを受ける」というものである。

【転載終わり】----------------------------------------

私には、のび太=日本の政治家、ドラえもん=官僚 といったように見えます。

また、しずかちゃん=対話、ジャイアン=圧力、スネ夫=自己顕示欲 とみえます。

そして、野比家=日本、上記3者=米国 とみますと、大人むけのストーリーに見えてきました。

あくまで、私が勝手に感じ取ったものであり、作者の思惑とは違うかも知れません。

福田康夫元首相が「福田のび太首相」と揶揄されたこともありますが、私には鳩山由紀夫首相のほうが、より“のび太”に近いと感じています。

また、崩壊寸前の自称“保守本流”自民党も、のび太のように生きてきた結果の壊死(えし)と見ます。

本来、戦後日本の政治はなにをすべきだったのでしょうか?

明治元年1月1日(1868年1月25日)から第2次大戦敗戦までの黎明期・成長期を過ぎ、敗戦国として主に米国に占領統治された我が国の、名ばかりの“独立”ではなく、“真の独立”を求め、戦後政治は闘ってきたのではないでしょうか?

アメリカナイズ(米国流、アメリカ化)を選んだわけでもなし、結局は“乳離れ”できなかったというのが真相ではないでしょうか?

とても笑えないシニカルなお話でありました。

宮尾 孝三郎

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