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2010年1月

2010年1月31日 (日)

“密約問題”難航の様相

2010年1月 2日 (土) 真相は、外務省サイトで で紹介した“密約問題”の続報です。

【以下転載開始】---------------------------------------

密約調査、提出は2月下旬=有識者委

時事通信社(2010/01/26-21:58)

岡田克也外相は26日夜、日米間の核持ち込みなどの「密約」問題を検証している有識者委員会座長の北岡伸一東大教授と外務省で会い、作業の進ちょく状況の報告を受けた。北岡氏は関連文書の分析にさらに時間を要するとして、報告書の取りまとめは2月下旬になるとの見通しを示した。外相は「将来の検証に耐え得る報告書を出してほしい」と了承した。

有識者委は当初、1月中に報告書を取りまとめる予定だった。 

【転載終わり】-----------------------------------------

難しい作業です。

偶然かもしれませんが、リコール問題でトヨタやホンダが北米で潰されそうですから(ハイブリッド部門のリーダーシップを握るトヨタと双頭をなすホンダ。フォーリンアフェアーズレポート2010年1月号のCFRミーティングで、すでに今回のシナリオが読み取れます。)、この駆け引き(密約問題)は命がけになりそうだという感想を持っております。

しかし、国民はこの際真相を知りたいと思っています。

引き続き密約問題には、全力を尽くして頂きたいと思います。日本の将来の為にも・・・

宮尾 孝三郎

2010年1月30日 (土)

見る、見つめる、見極める

本日は、「平成21年度大津少年補導(委)員会研修会第3回幹事会」が行われました。

毎回参加させていただいておりますが、今回は懇親会(もちろん受益者負担)があり、普段お話できていない地域の幹事の方々や少年センターの職員の皆さんと、とても有意義な懇親ができました。

補導員の、いや教育者の心構えは「見る、見つめる、見極める」と教わりました。

また、「みる」には16種類あり、見る、観る、診る、看る、視る・・・・と知ることから、青少年健全育成に尽力を頂きたいと、非常に深いお話を頂きました。

話は尽きませんでしたが、ここですべてをご披露すると、かえって教育関係者の皆さんの努力に水を差すと思いますので、行動でお伝えできればと思います。

本当に、ご教授ありがとうございましたcoldsweats01

宮尾 孝三郎

2010年1月29日 (金)

皇子が丘先線工区

びわ湖毎日マラソン大会の走路が変更されています。

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これまでは皇子山陸上競技場を出発し、皇子山中学校の北側を国道161号線方向へ折れていましたが、今回から、ジャスコシティ西大津前を通過し、通称「ブタ小屋」と地域で呼ばれているブタの飼養施設まで直進し、近江神宮参宮道を右折し、国道161号線に出るルートに変更されております。

これは、折り返し地点がイオンモール草津の関係で変更されたことによります。

ジャスコ北からブタ小屋のある二本松交差点の間を「皇子が丘先線工区」と呼びますが、歩道整備など重要な工事がなかなか着手できない箇所であります。

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↑皇子が丘先線工区を黄色のマーカーで示しています。

毎日マラソンコース変更を契機に、機運が高まることを期待しています。

宮尾 孝三郎

2010年1月28日 (木)

相当な陽性反応(positive)

大津市長の定例会見の1月8日分がアップされていますが、市長の“ひととなり”が分かりますね。

【以下部分転載開始】----------------------------------

1 今年の抱負・市政の課題について

記者

今年1年の市政の課題については。これをしなければとか?

市長

課題・・・。課題って特別にないですね。happy01

記者

そうですか。coldsweats02

市長

それぞれ個人的な要望なりは、たくさん多岐にわたりありますけれども、それはほんのわずかな部分というか、内容的に市民全般に影響するような話ではありませんので、そういうことからいうと、課題というと・・・。例えば途中トンネルがいつ無料化になるんだとか、そういうような、いろんな話はございますけれども、これも一定の期間と費用負担によってできるようになりますから、それが課題とも言えませんし、もう解決の方向が示されているわけですから。だから、課題ってないですね。happy01

記者

円満だと。coldsweats01

市長

円満ですね。happy01

【部分転載終わり】-------------------------------------

これは、ある意味すごい市長だなあと感じますぅ・・・・ポジティブなところは、見習いたいものだなあと・・・

【以下部分転載開始】----------------------------------

4 国際交流について
 

記者

国際交流について、議会ではロシアのことを随分と聞かれていましたが、この間取材させていただいた時に、5月にオーストラリアのモスマン市長が来られるらしいということでした。市長は、モスマンとの話を先行してされるというふうに思っていらっしゃるのでしょうか。

市長

オーストラリアの場合は、平成18年頃から調査研究が始まりまして、今年が平成22年でありますから、もう足かけ5年目に入るわけです。その間、商工会議所のみなさんが一昨年、昨年と訪問をされていますし、それから、今お話しのように今年の5月に市長が見える、あるいは昨年、副市長であった今の市長がお越しになりました等々、そういう交流が今現実に行われております。向こうから高校生が見えて、滋賀短期大学で音楽交流をしたとか、そういうような積み上げをしているわけですね。加えて、やはり基本は市民交流が大事ですから、市民が交流を重ねることによってそういうような方向に進んでいくんじゃないかと、こういうふうに私どもは認識をしております。モスマンからお越しになる、大津市も訪問する、それは、ごみゼロ運動の先駆的なことをやっていらっしゃるということで、オーストラリアの諸都市を訪問したという経緯がございます。これが平成18年ですね。

そういうことを重ねていく中で、市民交流、市民のみなさんが、商工会議所のみなさんが寄せてもらったり、向こうからお越しになったりという積み上げがあって、最終的に友好親善協定ができるとか、そういうものができればいいなと思っているんです。

ただ、一方では、姉妹都市となりますと、それは議会の議決を必要とする部分がありますから、そうなると手続的な問題等もありますから、まず友好的な協定ができれば、市民交流が基軸でできればいいなと、こういうふうな思いをしております。これはロシアのエカテリンブルクについても同じことが言えるわけであります。ですから、モスマンであれ、エカテリンブルクであれ、市民のみなさんが行ってみようかということで、相互がそういう形になればいいことだと、こんなふうに思いますね。

記者

エカテリンブルクの方は、まだそれほど交流が始まっていませんが、モスマンの方は積み上げている部分があるという意味では、5月あたりに、どういう名称になるかは別として、友好的交流関係を結んでいこうという方向であるわけですね。

市長

議会の議決を要するにまで至らないレベルで、そういう方向が模索できればいいなと。happy01

記者

姉妹都市という名前でなくて別の名前でもいいから、現実に交流できるような、そういう協定といいますかパートナーシップ、そういうものができればと、そういうことなのですか。

市長

はい。だから、今、市民交流と申し上げましたけれども、費用負担はすべて市民のみなさんにお願いをするわけです。行政がフォローアップして、あるいはまた企画をしてどうこうということ、いわゆるそういうようなメニューをお示しすることはあっても、旗を振って云々ということは避けなければいけないのとちがうかなと、こういうふうに思いますね。

記者

姉妹都市と友好親善協定ですが、それはどういうふうな違いを市長は意味されています。

市長

姉妹都市というのは都市間の、友好も一緒になるかもしれませんけれども、都市間のレベルにおいて締結をするものを姉妹都市と、どちらが姉で妹か分かりませんけれども、そういうふうな位置付けになるんじゃないかなと。そういうことからいえば、友好というのは、そういう上下の、英語ではそうなるのかどうか知りませんがね、日本語では姉妹という表現からいえば姉、妹になりますから、そういう以外の、もう本当にフレンドシップで友好というだけのことですから、そんな難しいハードルのない協定かなと。もう簡単に、Aさん、Bさんの間の仲を取り持つ、友好というものはそういうものじゃないかなと、私はこんな思いをしていますね。

記者

例えば、公費負担のあり方に差をつけるというような。

市長

今申し上げたように公費は使いません。

記者

友好親善協定の場合は。

市長

友好親善でも、姉妹都市でも。

記者

姉妹都市についても。

市長

はい。新たにできる部分ですが。今日までの5カ国については一つのルールがありますから、一部公費負担でやっておりますし、また、これからもやっていくことになると思います。けれども、新たにモスマンということになった時には、もう、幾つも幾つも友好都市、姉妹都市ができてくると費用的には大変なことになりますから、だから、これからできる友好都市であったり姉妹都市であったりするものは、その費用負担は個人でお願いをしていかなければならないなとhappy01 そうすると、おのずからトーンが落ちるかなという思いはしないでもないんですけれどもね。

記者

モスマンとは交流の積み重ねがあるとおっしゃいましたけども、ロシアの場合は、まだまだ交流の期間が短いので、もうしばらくそれは先になりそうだと。

市長

はい。だから、それも基本的には市民の交流が基軸で進めていかなければと、こういうふうに私どもは考えております。

記者

モスマンから市長が来られた折に、何かそういう調印式だとか、協定を結ぶという形で交わす握手はされるのですか。まだ、そこまで・・・

市長

そこまでは、どうでしょうね・・・。happy01

記者

そうですか。coldsweats02

市長

はい。happy01

記者

まあ、もう少し時間がありますから。coldsweats01

市長

ええ。happy01

記者

ただ、姉妹都市という形にとらわれず、そういう友好的な交流としては、考えておられるということですね。

市長

はい。それも相手のあることですから、相手の希望も含めて、こちらもそれに対してお応えをしていかなければいけないという、そういうような前提に立って申し上げていることです。だから、そういう雰囲気になれば、そういうような会話もあるかもしれませんね。こちらからするわけではありませんが。happy01

【部分転載終わり】------------------------------------

ことの次第をお忘れになっておられるようであります。weep

執行部は、大変ですが頑張ってください。gawk

我々市議会といたしましては、適時適切に質疑してまいりたいと思っております。think

宮尾 孝三郎

2010年1月27日 (水)

調査というアンテナ

平成21年12月に、ソビエト連邦初代大統領ゴルバチョフ氏が来日されましたが、そのときに大阪でフォーラムが開催されております。

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主催の特定非営利活動法人ライフボートプロジェクト定款の設立当初役員に、今回氏名が公表された逮捕者4名が確認できます。

【以下転載開始】-------------------------------------

携帯充電器商法:販売会社元幹部ら8人逮捕 大阪府警

2010年1月27日 11時31分 更新:1月27日 11時41分

飲食店に置く携帯電話充電器のマルチ商法を巡り、虚偽の説明で購入者の解約を妨げたとして、大阪府警は27日、大阪市の販売会社MMS(現・メディアクロス)の元幹部ら8人を特定商取引法違反(不実の告知)容疑で逮捕した。同社のマルチ商法では「約束された配当がない」などの苦情も相次いでおり、府警は今後、実態解明を進める。

府警生活経済課によると、逮捕したのは同社の実質経営者、友田龍生(37)=大阪市淀川区田川2▽同、井手口勝彦(51)=東大阪市島之内2▽同、今西博章(39)=大阪市淀川区西宮原1▽元社長の石川和孝(52)=滋賀県湖南市菩提寺=ら8容疑者。友田容疑者ら4人は否認しているという。

逮捕容疑は、07年4~8月、充電器の購入者で契約解除を申し入れた高松市の無職女性(67)ら6人に「商品は既に設置されており、返金できない」「解約違約金として購入代金の40%(20万円)を払ってもらう」などと伝え、契約の解除を妨害した、としている。特商法の規定では、6人の解約は可能で、解約に伴う違約金も購入代金の10%までとなっている。

MMSはコイン投入式の有料充電器を1台約50万円で販売し、購入者紹介料や配当をうたうマルチ商法を展開した。03年9月~07年8月の間、全国約2万2000人に約4万4000台を売り、約187億円を売り上げたとされる。しかし、購入者から解約妨害などへの苦情が相次いだため、経済産業省が08年11月、業務停止を命じ、その後、府警に告発していた。【渋江千春】

【転載終わり】-----------------------------------------

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↑当該法人の理事長、副理事長の氏名が逮捕者の新聞記事氏名と一致します。

私の予感どおりでありました。

関連する私の過去ブログ記事はコチラ↓

2009年12月 7日 (月) 一般質問速報

宮尾 孝三郎

2010年1月26日 (火)

事前偵察

今日は、会派メンバーで堺市へまいりました。堺が観光で元気であるという情報を元に・・・

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↑南海電鉄堺東駅前に、堺市役所・区役所が・・・

南海電鉄堺東駅前に到着すると、分かりやすい位置(堺市役所前)に『堺東観光案内所』が・・・↓

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↑市役所に面している側

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↑駅側に面しているコチラの入口から中にはいりました。

中にいらっしゃったのは、平成20年12月までびわこビジターズビューローで広報宣伝部長をしていらした川口忠雄さん。

川口さんは、堺のことも大津のこともよくご存知ですので、これからもいろいろとアイディアをいただけるのではないか、と期待しています。

堺市は、平成17年に観光部を設置し、翌年、政令指定都市になっています。そこから本格的な観光振興への取り組みが始まった、と谷議員に頂いた資料から学習させて頂きました。

そして、着地型観光で成功を築きつつある堺市を行政視察することとなり、本日はその事前偵察であります。(公的経費を一切かけない、全くの私費調査であります。)

ということで、堺東観光案内所で情報収集をし、12時30分に谷議員が予約しておいてくれた観光タクシーに乗車。

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↑まずは、『仁徳天皇百舌鳥耳原中陵』にまいりました。

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↑現地で案内してくださるのは『NPO法人堺観光ボランティア協会』のみなさんであります。

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↑つぎに『堺市博物館』へ。こちらでも、館内に観光ボランティアさんが待機されており、希望すると(もちろん無料で)案内を詳しくしていただけます。

つぎに、『南宗寺』へ。こちらでも面白おかしく、ここでしか聞けない歴史の不思議を観光ボランティアさんから伺い、堺市の観光ボランティアさんの層の厚さに敬服いたしました。

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↑南宗寺のかわらの葵の紋の深~い歴史の不思議を伺いまして、本当に面白かったです。ぜひ、歴史に興味のある方、堺は南宗寺へ(歴史マニア谷議員のお墨付きですhappy01

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↑そして最後は、日本最古の木造洋式灯台として国指定史跡となっている旧堺燈台へ

観光タクシーの運転手さんは、礼儀正しく安全運転で、我々観光者の開放感を決して邪魔しない、非常にジェントルマンでありましたし、観光ボランティアの皆さんは、これまたジェントルマンばかり。

自分たちの生まれ育った堺をとても愛してらっしゃることが、よく分かりました。

今日のこの事前偵察は、2月1日の公式な「堺市行政視察」がより実りあるものになるためのものでありますから、観光案内所などで頂いた資料を調査し、当日につなげていきたいと思っております。

宮尾 孝三郎

2010年1月25日 (月)

インターネット不調

いま携帯から初めて書き込んでいますsweat01
パソコンがインターネットに繋がりにくく、何度チャレンジしても検索エンジンより先に進みませんので、本日の記事は、お休みしますweep
明日、大丈夫かな?

宮尾孝三郎

2010年1月24日 (日)

平成21年度第50回大津市PTA大会

本日の記事は、昨日(1月23日)の昼から大津市北部地域文化センターで行われた「平成21年度第50回大津市PTA大会」について、であります。

大津市PTA連合会は、平成21年度で50周年を迎えられたということであります。

前にも触れましたが、PTAという組織は、日本人の発意で作られたものではありません。

先の大戦が敗戦で終わり、連合国軍の占領下に置かれた我が国は、修身・歴史教育の禁止から、6・3制、男女共学、PTAと“新教育”を「理想主義下に、そして現実の理解不足の上に行われた・・・」と、地方行政を担当したジェームス・マクエルヘイニー氏が告発しています。

昭和20年12月31日指令により、我が国のそれまでの教育、“修身、日本の歴史・地理”の授業は禁止となり、教科書は没収されました。

ポツダム宣言にいう「日本民主化」の趣旨からすれば、教育こそ最も重視されるべき占領政策であるはずだ、とマクエルヘイニー氏は考えましたが、東京のCIE(民間情報教育局)本部は別として、占領軍の中に、教育を担当し得るような人材が決定的に不足していた、と氏は語ります。

マクエルヘイニー氏の部下として、東海・北陸6県(静岡、愛知、三重、岐阜、石川、富山)を担当する職員が、たったの8人。それも、いずれも十分な資格のないものばかりだったといいます。

一人の陸軍将校はわずかの教育経験を持っていたらしいですが、まもなく、軍の都合で他の部局へ抜かれました。

愛知県を一人で掌握していた別の軍人は、大学卒とはいっても土木専門学部出で、教育とは無関係。

あとの6人は民間人で、いずれも24~5歳の若者ばかり。うち5人は四年制の大学を卒業してはいないのに“教育専門家”の名称を持っていたといいます。

このスタッフの一人ずつが、各630以上の学校を受け持って訪問し、“民主教育”のあり方を教えるといったものであったそうです。

昭和21年3月、アメリカからストダード博士(イリノイ大学総長)を団長とする27名の教育使節団が来て、1ヵ月間見ただけで日本の全教育体系を変える勧告を残して帰って行きました。

その勧告に基づいて生まれたのが6・3・3・4制であり、男女共学であり、PTAである、としています。

私の関連ブログ記事はこちら↓

2008年4月24日 (木) PTA

2008年12月13日 (土) 世間を知らない子ども達を真剣に守りましょう!

といった、予備知識があると、身が入らないかも知れませんが、真実を知ることは大事であります。

さて、PTA大会の様子はコチラ↓

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↑メインイベントは、感謝状の贈呈と功労者表彰でありました。

そして、講演もありました。

演題:「夢を持つことの大切さ。~子どものころの夢と想い~」

講師:遠山奬志さん(阪神タイガース育成コーチ)

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↑遠山奬志さんの講演のようす

メインイベントのほうは、授賞式的なものであり、形式的に終了しましたが、あとに控えていた講演は、遠山さんの子ども時代から大好きであった野球を大人になっても続けたいという純粋な想いから現在に至るまでの半生をお話いただき、目標の立て方や、被教育者の心を読みその指導の仕方など、大変ためになるお話を頂きました。

現在、民主党政権になり、『儀式的主権回復以降の自民党長期政権下での日本の成長』ということについて、根本から見直しをされようとしていますが、占領軍の行った“新教育体制”もしっかりと検証していただければ幸いであります。(無理かな・・・・weep

(参考文献:マッカーサーの日本)

宮尾 孝三郎

2010年1月23日 (土)

文化財防火デーに基づく訓練

本日は、午前10時から約1時間、園城寺(三井寺)境内の金堂において、文化財防火デーに基づく『天台寺門宗総本山園城寺文化財消防訓練』が行われました。

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↑消防訓練の規模が、この活動図で分かります。

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↑「文化財防火運動実施中」の懸垂幕

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↑真剣で緊迫感ある訓練

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↑けが人の搬送

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↑放水の様子。対象が文化財の為、建物に直接放水していません。

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↑地上式放水銃と地下式起倒放水銃は、金堂の屋根めがけて放水しています。

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↑大変、ご苦労様でございました。

宮尾 孝三郎

2010年1月22日 (金)

北朝鮮が整備を進める電磁パルス兵器

本日も、昨日に引き続き第174回通常国会衆議院予算委員会をBS2で見ていました。

午前の後段に登壇された小池百合子委員(自民)は、安全保障に関する興味深い質疑をされていましたが、中でも興味深いのが、北朝鮮の保有する大陸間弾道ミサイルの脅威についてであります。

私は、これまでから北朝鮮はEMP(電磁パルス)攻撃を考え、ミサイルを整備してきたのではないかとお話してきました。(2009年3月21日 (土) 北朝鮮ミサイル発射の目的は?をご参照ください)

そして、本日の小池百合子委員は、電磁パルス兵器についての質疑を行ったわけであります。

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↑小池百合子委員の資料(BS2予算委員会中継より)

実は、この脅威が深刻なのであります。電子機器に頼り切った現代生活の中で、万が一核爆発を高高度で行われたならば、生活は一挙に停滞します。軍事も金融もすべてが停滞する可能性があるのであります。

小池百合子委員は、日本の経済において相当なダメージを受けることを述べておられましたが、小池氏の資料にあるとおり、その射程はアラスカ上空にすでに到達しております。

日本だけを狙っているのではなく、私は、米ロの軍事力の無力化をも視野に入れた巧妙な整備と感じております。

北澤防衛相は小池百合子委員に対する答弁で、「平成22年度当初予算案(PDFファイルです。重いですcoldsweats01)において、宇宙関連事業及びサイバー攻撃対処等への取組について、統合幕僚監部において研究する。」旨を示されました。

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↑この部分に電磁パルス兵器対処の研究が含まれるとおっしゃったのだろうと思います。

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↑サイバー空間防衛隊(仮称)の編制イメージ(案)

しかし、これは(サイバー空間防衛隊の守備範囲)あくまで電子機器が正常に働いている場合に、“起きる可能性の高い攻撃”に対する対応でありまして、小池百合子委員が質疑された電磁パルス兵器とは、サイバー空間そのものを不全にするものでありますから、答弁としてあれでよかったのか?と疑問を持ちました。

小池百合子委員は、“今そこにある危機”について敏感に反応し、予算委員会の場で予算のあり方について言及されたわけであり、そのクオリティーは非常に高いものと感じました。

2010年1月21日 (木)

これが政治か!?

本日、途中からでありますが、第174回通常国会衆議院予算委員会をBS2で見ていました。

柴山昌彦委員(自民)の発言途中から、小里泰弘委員(自民)が質問し終わるまでを見ていたわけでありますが、今回、この予算委員会で審議されるべき案件は、平成21年度第2次補正予算案と平成22年度当初予算案であります。

私が見た自由民主党・改革クラブの2委員の質疑は、案件の審議ではなくマスコミ等で報じられた記事を元にした疑惑追求でありました。

マスコミが報じた内容を「神の声」と信じ「マスコミがこのように真実を報じております。」ならまだしも「マスコミがこう報じているのは、事実であります。」と論じていました。つまり、マスコミが真偽定かでない報道をしていたとしてもそれは問題ではなく、マスコミが疑惑であると報じた事実がある、と言っているのであります。

恐れ多くも国会でこのような質疑をされるのは、非常に危ないレベルであると感じました。

一定の事実を、自らの所属する政党が徹底して調査を行い、確信を握った上で、相手方の発言のブレを、言質をとろうという作戦でありましたら賞賛に値しますが、マスコミが発信した真偽定かでない情報を元に質問を作成されお訪ねしているわけです。マスコミは、時に誤認することもあるわけであります。万が一、マスコミが誤認していたことを正しいことと信じ発言されることがあるのであれば、それは、議員の資質が問われます。

国民は「政治とカネ」の様々な問題で政権交代を望み、結果民主党等が政権を握ったのであります。

しかし、鳩山由紀夫内閣総理大臣や民主党小沢一郎幹事長の政治資金収支報告書虚偽記載問題が現出し、もう国民は政治に辟易としているのであります。

野党となった自由民主党は、マスコミにより報じられた内容によって国会論戦を行うのではなく、その長年の政権政党として培われた調査能力によって、自らが確信した疑念に基づいて論戦を繰り広げ、それが結果として報道される、といった安心感ある質疑を期待します。

ちなみに、今回の質疑のなかで唯一評価できるのは、質問者が予算委員会委員長に対し、疑念に関する資料の請求を行ったことであります。委員長は「後刻、理事会で協議いたします。」と資料請求に対し、誠意ある態度を見せました。

国民は、このような正式な手続きの中で出てきた資料によりジャッジするのであります。

理事会で、疑念を向けられた事件に対する資料提出を可とする前向きな議論を期待します。

最後に、委員会委員及び傍聴議員の態度についてであります。委員及び傍聴議員のヤジは、情けなく思います。発言内容が相手方に聞こえないくらいの騒然とした状況を、政府はよしとしているのでありましょうか?

17時に散会したあと、委員席前列で終始ヤジを飛ばしていた委員に対し、首相以下閣僚が笑顔で片を叩きながら握手している様子は、「審議妨害してくれて感謝している。助かったよ!」という風に見えました。

大津市議会と国会を比べることはできませんが、ヤジは品位を貶める行為であるという自覚ある人が議員になるべきと思います。

宮尾 孝三郎

2010年1月20日 (水)

コバンザメ的安全保障

2010年1月14日 (木) 幻想に終わりそうなG2米中覇権構想で、下地島のお話を記述させて頂きましたが、地元の反応です。

【以下転載開始】--------------------------------------

下地島移設反対を可決=「普天間」で意見書-沖縄・宮古島市議会

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設候補地として政府・与党内で浮上した下地島空港を抱える同県宮古島市議会は20日、移設に反対する意見書を全会一致で可決した。

意見書は「市民が移設を絶対に受け入れることはない」とした上で、政府に対し「下地島空港への移設を行わないことを内外に明言するよう強く求める」としている。

下地島空港は民間訓練飛行場として建設。1971年に当時の琉球政府と国が、民間航空以外の目的には使用しないことを約束した「屋良覚書」を交わした。現在も、航空会社のパイロット訓練飛行場として使用されている。
(2010/01/20-18:46)時事通信社

【転載終わり】----------------------------------------

日本は技術大国でありましたが、これまでエネルギーや原材料を輸入に頼ってきました。

その航路の多くは、米軍が戦略的に運用している不安定の弧に重なります。

ですから、技術を商売にしている我が国は、コバンザメ的に米軍の戦略的地域を通過するほかありません。

そして、様々な安全保障的海外派遣を自衛隊はこれまでも行ってきました。国益を考えての文民の判断であります。

第一列島線構想を持ち、尖閣諸島や台湾を攻撃奪取対象としている中国にけん制できる実力を持っているのは、やはり米軍であります。

憲法第9条をうまく運用した吉田茂と同様、小沢一郎はコバンザメ的安全保障を継続すべきと考えているのだと感じています。

自衛隊だけでは、日本の商売は成り立たない。これが政府関係者の本音ではないでしょうか?

宮尾 孝三郎

2010年1月19日 (火)

砂浜再生2

2010年1月15日 (金) 砂浜再生 の続きであります。

本日、大津市都市計画部公園緑地課に工事の状況について、お伺いしました。

平成21年12月9日から平成22年3月5日までの予定(工期延長の可能性大)で、下の地図の赤枠部分の約1haの雑草や石などの除去を行い、裸足で歩ける砂浜を再生する作業を行います。↓

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↓また、次の地図にあるようなコース取りで、遊歩道の整備も行います。

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↑そして、遊歩道沿いに植栽も植える予定になっています。また、遊歩道には埋め込み式のソーラー式点灯ガラスブロックを埋め込むことを考えているそうです。さらにベンチの設置も予定しているとのことであります。

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↑そして、柳川の出入り口部分の整備工事を行います。ここは歩行者と自転車のみが通行でき、バイクや車の進入を防ぐようなバリカーの設置などを考えておられるとのことでありました。

↓新年度(平成22年4月)以降は、次の箇所の整備を行う予定にしています。

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↓さらに平成23年度は、下図の部分の工事を行いまして終了の予定であります。

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ロケーションは最高ですし、水鳥の飛来の多い、自然に親しむ素晴らしい公園となることでしょう。

ちなみに、私が地図にマーキングした予定地は、正確なものではありませんので、詳しくお知りになりたい場合は大津市都市計画部公園緑地課にお問い合わせくださいtelephone

2010年1月18日 (月)

1・17の続き

18日は、他の候補生と一緒に、長池演習場で戦闘訓練をしていました。

「神戸は大丈夫だろうか?」

陸曹候補生という身分は、ほとんど自分の時間がありません。テレビもなければ、新聞もありませんので、世の中の動きがほとんど分かりませんでした。唯一、朝、昼、夕食のときに隊員食堂にいきますので、その食堂内にあるテレビをチラ見することでわずかな情報を知るのみでした。

19日の朝になり、助教から「西宮まで、阪急電車が動くらしい。」と情報を受け、朝から教育隊の教官・助教ほか教育スタッフのみなさんが、私が神戸に入るための準備をしてくれました。

午前中、教育隊が準備してくれた市販の大型リュックサックにコンビニで購入したおにぎりを何10個も入れてくださり、ペットボトルの水やお茶を5本ほど、そして大久保駐屯地のある大久保駅のふたつ隣の小倉駅へ連れて行って頂き、個人商店の電気屋さんでラジオを購入すると、電池を1箱(何十本も電池が入っている)を「がんばりや!」の一言とともにリュックに入れてくれました。涙がこぼれました。

近鉄小倉駅で、区隊長が見送ってくれ、小倉駅の階段を登ろうとしますと、リュックの総重量50Kgは越えていたと思いますが、重さでふらつき、ホームにたどり着くまで悪戦苦闘しましたが、すれ違う皆さんが「神戸に行くの?頑張って!」と次々に声をかけてくれます。

近鉄電車に乗ると、私のようなこれから神戸に入ると思われるいでたちの方が、数名おられました。

乗り継いで、乗り継いで、ようやく阪急神戸線にたどり着きました。さて、神戸線に乗り込むと、私のようなこれから神戸の被災地に行くと思われる方々でいっぱいです。みんな口々に家族の話や友人の話などをしておられました。

いざ、電車が動き出すとみんな窓の外に注目します。いまから被災地に入る皆さんのそれぞれの想いがその行動に見て取れました。

阪急十三駅に入ってから、車窓からみえる風景は変化していきます。ブルーシートで屋根の防水を行っている最中の家が数件見えました。手付かずの崩壊した古い木造家屋も数件確認できました。

阪急西宮北口駅に近づくにつれ、外の被災状況は悪化していきました。そして、電車の中は会話がなくなり、みな目に涙を浮かべ、ただ、ただ、車窓を見つめておりました。

阪急西宮北口駅に到着すると、重い荷物を持った人々が、もみくちゃにされながら改札を目指します。

私はトイレに行きたくなり、駅構内のトイレを目指しましたが、トイレの入口の数段の階段から、糞尿が流れ出ている状況をみて、トイレはガマンすることにしました。

駅の南側には、マンションのような建物が確認できましたが、(記憶が定かでありませんが)たしか、5階と6階だったと記憶していますが、潰れていました。その下の道路には、機動隊員が相当数確認できました。

いざ、西宮から神戸方向に向け国道2号線を歩き始めました。同じ方向に進む50代の女性が私に話しかけてくれました。そしてその方と一緒に神戸を目指します。

私は、灘区の稗田小学校付近を目指し、その女性は新幹線新神戸駅付近の家を目指していました。

荷物が重く、その大型リュックに小さな車輪がついていたので、手で引きながら移動することにしましたが、道路がめくれあがっているような箇所が断続的にあり、移動はなかなか大変でした。

地震は、不思議です。国道上に電柱が倒れ、通行不能となっている箇所が続いたあと、500mぐらい、それほど被害が大きくないエリアがあります。その先には、また被害の大きな地域があり、といった感じで、同じ方向に移動する人々は、一喜一憂しながらでありました。

神戸市東灘区に入ると、交差点で右折しようとしていた消防車が「相模原消防」と書いてあるのに気づき、非常にビックリしました。神奈川県相模原市から神戸に来てくれた車両でした。

また、自衛隊車両が行き来していましたが、10師団(愛知県を中心とした北陸・東海地方の部隊)の車両が多く、災害派遣の規模が大きいことに驚きました。

神戸市東灘区の御影あたりで、私は衝撃を受けました。マンションか市営住宅か、記憶が定かでありませんが、崩壊したその建物に貼り紙がしてあります。「この中に、人がいます。」とても助けられるような隙間はありません。涙がこぼれました。

石屋川を越えて、灘区に入りました。

国道を移動しながら、南側の阪神電鉄の高架に目を向けると、電車が高架から下の道路上に落ちていました。六甲ボウルというボウリング場は、国道を塞ぐように潰れています。

六甲ボウルの近くの商店街は、空襲に遭った様に、焼け野原となっていました。

大石川を越えると、神戸にいた頃のわたしの生活圏です。火事はこの地域ではおきていないようでした。しかし、実家に近づくにつれ、見慣れた街が土色にしか見えない惨状に愕然としました。

しかし、遠目からでも実家が建っているのは確認できましたので、一緒にここまで歩いた女性の方に「実家は大丈夫なようです。一緒に来てくれませんか?」とお願いしたところ、お受けいただけました。

注:私は、第4陸曹教育隊から実家に出発する際、「被災地の状況を写真に納めてくるように」と指示を受けておりましたが、使い捨てカメラを被災地に向けることはできませんでした。ですから、このブログで紹介する写真は、後日兄が撮影したものになります。

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↑2階より下をブルーとオレンジのシートで囲った建物が実家。ブルーシートの箇所にあった壁は一部崩落していました。(兄1995.2.2撮影)

実家は、4階建ての賃貸住宅ですが、一階が私の実家であります。お向かいの家は新しいにも関わらず、倒壊しており、お隣の二階建ての文化住宅も倒壊していました。

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↑比較的新しいお向かいのお宅も、このとおり倒壊していました。(兄1995.2.3撮影)

しかし、実家に人気(ひとけ)があり、ドアを開けると、母親が中にいました。家の中はグチャグチャでしたが、同行してくれた女性の方と家に入りました。そして、家族の無事を確認し、ほっとしました。

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↑2階の賃貸部分の表玄関。このように、建ってはいるものの、あちこちが壊れていて、危ない状況でした。(兄1995.2.11撮影)

食べ物をいっぱい持って返ったのですが、19日にもなると、食料は親せきがくれたパンが実家にあり、逆に私がそれをいただくというようなあべこべの状況でありました。

一緒に神戸を目指し励ましながら歩いてきたその女性とは、私の実家で別れ、その方は引き続き新神戸駅近くを目指して歩いていかれました。

母の話では、18日の夜まで火災が神戸市内で発生しており、サイレンの音ばかりが一日中響いていたとのことでしたが、私が神戸入りした19日は、火事も鎮火し、前日に比べて静かになったとのことでありました。

家族は、児童公園内に乗り入れた自家用車で、震災のあった夜から寝泊りしていたそうです。後にエコノミークラス症候群で命を落とされた方が報道されますが、この時点ではその危険性はほとんど知られていませんでした。

思い出す努力をしだすと、次々に断片的ではありますが記憶がよみがえってきます。15年の月日が経ちましたが、震災で得た教訓は後世に語り継いでいかなくてはなりません。

私も、記録にほとんど残していなかったこの経験談を、15年の結節でブログに残すこととしました。

私のブログ記事には教訓じみた話はなく、どちらかといえば、当時のこころ模様を思い出したようなものでありますが、震災を風化させないように、気持ちを込めて書きました。

宮尾 孝三郎

2010年1月17日 (日)

1・17

平成7年1月17日午前5時46分、私はそのとき、陸上自衛隊大久保駐屯地(京都府宇治市)で生活していました。

第4陸曹教育隊に1月から陸曹候補生課程でお世話になっており、その日も営内班の2段ベッドの上段で就寝中でありました。(起床は午前6時30分だったと思います)

ゆれを感じたその瞬間、二段ベッドもロッカーも床の上を滑るように動き出しました。そして、水平だけではなく上下の揺れも感じだし、とにかくロッカーが倒れないように押さえることしかできませんでした。

ゆれがおさまったあと、営内班の同期生のひとりがヘッドホンを耳にし、ラジオを聞いていました。そして「神戸が大変らしい」と一言。

私は、それを聞くまで「このゆれだったら、関東は大変なことになっているのではないか」とまさか関西が震源地だとは想像できずにいました。

神戸、実家の家族や友達は大丈夫だろうか、と考えましたが、そのときはまだ余り深刻に考えることもなく、起床ラッパを待ちました。

起床時間になり、ラッパが鳴り、作業服に着替え、点呼場所に集合すると、当直陸曹が「大阪、神戸方向は地震で被害があったらしいので、点呼終了後、電話で異常の有無を確認後、当直まで報告するように」

そして、点呼終了後、公衆電話に並び、実家に電話すると電話がつながり母親が電話口に出てくれました。「大丈夫やから。みんな大丈夫やから。」ということでありました。

そして、当直に「実家は大丈夫といっていました。」と報告し、朝食の食堂に向かいました。すると食堂に置かれているテレビでどこかが火事になっている様子をヘリからの映像で映し出していました。『あれ、神戸が燃えているんとちゃう?』と感じましたが、それがどこかは分からず、とりあえず、時間に追われる自衛隊の日課の中で、とにかくいつものように飯をかき込み、食堂を出たところの公衆電話でもう一度、実家に電話してみましたが、電話は通じませんでした。

それでも、母の「大丈夫」の言葉がありましたので、8時30分(だったと思う)の課業開始まであまり心配はしていませんでした。

その後、課業開始。中隊長の座学があり、大教場で講話を聴いていると、突然助教(教育スタッフのこと)が教場に入ってきました。「中隊長、スンマセン。ちょっといいですか。」と中隊長の了解を得たあと「この中に、宮尾候補生、いるか!」

私が「はい、宮尾候補生!」と返事をすると「お前の実家が潰れたらしいから、確認の連絡をするように!」

その言葉を聞いた瞬間、涙がほほを伝わりました。

その後、教育隊長のご指導があり、午後4時ごろだったと思いますが、実家に向かうこととなりました。

私は自衛官という身分でありましたが、自衛隊は教育を受けている“学生”の身分がある間は、災害派遣に参加させてもらえません。このような前提で読んでいただければと思います。

区隊長が、私有車を出してくれ、助手席に私が乗り、高速道路に乗ろうとしましたが、緊急車両以外は進入が禁止されていました。そこで、一般道を走行するわけですが、大阪に入り、渋滞が目立ち始めました。

そして、箕面に着いたのが18日の午前0時過ぎ、171号線のその先の橋が損傷しているとのことでUターンを余儀なくされました。

Uターンし、神戸には入れないことを受入れ、近くのガソリンスタンドで、現在の状況を確認することとしました。

ガソリンスタンドの休憩室のテレビでは、海上自衛隊の護衛艦が災害派遣要請を受け、呉港から神戸港へ出航したということが報じられていました。

区隊長が、「もう、無理だ、引き返そう」と決断され、大久保駐屯地に帰ったのが午前4時半。

17日の地震発災の日は、こんな様子でありました。

明日は、19日にようやく神戸に帰った時のことを書きたいと思います。

宮尾 孝三郎

2010年1月16日 (土)

子どもたちは、ちゃんとできます

今日は、地域の市民センターで恒例の餅つき大会を催しました。

学校・幼稚園の先生も参加して頂き、子どもたちのはつらつとした餅つきの様子に、通りがかる地域の皆さんも目を細めておられました。

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↑もち米がある程度粘りが出るまで下準備をします。写真は地域団体代表者と小学校の先生が行っている様子

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↑そして、餅つきの開始。子どもが杵をつき、手水をおこなう。教え方が正しければ、子どもたちはちゃんとできますhappy01

そして、つき終わった子たちは、市民センターに入り、自分たちで餅を丸め、きな粉餅にしたり、磯部焼き風にしたりと工夫してその場で頂きますfull

このような催しが地域の親子の楽しみであり、中にはお孫さんを連れて来て頂いたシニア世代の方もおられました。

そして、それは主催者側の喜びであります。

地域が健やかに伸び伸びと子どもたちの体験の場を提供する。とてもありがたいことであります。

宮尾 孝三郎

2010年1月15日 (金)

砂浜再生

平成21年9月大津市議会定例会で、『緑化重点地区整備事業、柳が崎湖畔公園』について質問いたしました。

(議事録より)・・・砂浜は表面に見えるだけでも、瀬戸物、鉄くず、瓦れきなどが確認できますが、雑草が生え出してわかったこともあります。雑草が生えない、土が変色している特定エリアがあります。造園工事をされる際には、砂浜の砂を一度掘り起こし、クリーンな状態に回復させる必要があると思いますが、見解を伺います。・・・

ということで、現在の状況を写真に撮ってきました。

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↑適切な位置に看板が設置されています。

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↑【写真①】

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↑【写真②】上記写真①のすぐ右を撮影

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↑【写真③】上記写真②のすぐ右を撮影

といった感じで、工事はまずまずの滑り出しのようです。

今日はアポなしの現地観察でしたので、来週は都市計画部に説明を頂きたいなと思っております。

とても冷え込みのキツイ毎日でありますが工事に携わっていただいている皆さん、よろしくお願いいたします。

宮尾 孝三郎

2010年1月14日 (木)

幻想に終わりそうなG2米中覇権構想

内政は??続きでありますが、安全保障で評価できます。

【以下転載開始】--------------------------------------

鈴木宗男氏、普天間移設で「下地島が適当」

2010.1.14 17:44 産経ニュース

鈴木宗男衆院外務委員長は14日、大阪市内で開かれた共同通信社の「きさらぎ会」で講演し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先として「訓練できる滑走路があり騒音も関係ない」と述べ、沖縄県宮古島市の下地島空港が適当との考えを示した。

鈴木氏は移設先について「沖縄県外や海外などいろいろ検討したらいい」としつつ、「(県営の)下地島空港は民間しか使えないが、知事から自衛隊が使える許可をもらえば、米軍も使える」と指摘。「固定化ではなく、期限付きでもいい。本土でも訓練を受け入れローテーションをつくるのが一番の解決」と強調した。

【転載終わり】----------------------------------------

では、下地島の位置を確認しましょう。

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↑沖縄本島よりも台湾寄りに位置し、軍事空白地域に拠点を保持することができます。

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↑尖閣諸島に近い位置にあることも意識しておきましょう。

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↑そして、これがアメリカ国防総省2007年議会報告書「中国の軍事力」に図示された、中国の戦闘展開目標ラインであります。左のラインが第一列島線、右が第二列島線であります。

現在は、「躍進前期」と見られ、「 2000-2010年 第一列島線内部(近海)の制海確保。」と目標を設定していますが、その達成は2015年にずれ込む見込みとなっています。

今回、この中国の「第一列島線」の構想のライン上に在日米国海兵隊が拠点配置されると、我が国の島嶼防衛は息を吹き返します。

米国は、G2米中覇権構想を前ブッシュ政権の2008年に提示し、現オバマ政権においてもそのライン上でこの構想を1年は継続しましたが、下地島に海兵隊基地を置くとする日本案によって、大きく舵を切りなおしました。

↓そして、流れはG2米中覇権構想以前に時を戻しつつあります。

【以下転載開始】-------------------------------------

一時的?米中緊張高まる 台湾武器売却vsミサイル発射実験

2010.1.13 20:44産経ニュース

【ワシントン=佐々木類】米国が今月初めに台湾への武器売却を確認し、米中間で一時的に緊張が高まっている。オバマ政権による武器供与は中国の軍事力増強に対し、台湾防衛のための兵器を売却するブッシュ前政権の方針を受け継いだものだ。これに対し、中国は売却停止を求める抗議談話を発表し、11日には弾道ミサイル迎撃実験を行うなど反発を強めている。ただ、ハワイを訪問中のクリントン国務長官は、米中間の緊張はこれ以上高まらないとの見方を示し、中国の出方を静観する構えだ。

■台湾にPAC3売却

米国防総省が7日に公表した契約書によると、同省は、2008年にブッシュ前政権が台湾への売却を決めた地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)を6日付けでロッキード・マーチン社に発注した。

国防総省は台湾への武器売却について「台湾のミサイルの基本的な装備の更新が目的」などと説明している。ミサイル本体と指揮・発射統制システム一式を売却する予定だ。ただ、売却が協議対象となっているF16(C/D)戦闘機や、多用途ヘリUH60「ブラックホーク」などの現時点での売却は見送った。

一方、国務省は「台湾の防衛力向上に向けた必要性に考慮し、台湾関係法に基づいて十分な自衛能力を維持するのに必要な物品を提供し続ける」(関係者)との立場を表明している。

米政府はPAC3以外にも、今回見送ったブラックホークのほか、通常型潜水艦などの売却も継続協議の対象となっており、今後、議会への通告など台湾への売却を具体化させれば、中国がさらに態度を硬化させる可能性がある。

■ミサイル実験で対抗

これに対し、中国は台湾への武器売却について「中国の安全と台湾海峡の平和と安定を損なう」(外務省報道官)と批判、「断固反対する」との談話を出す一方、11日には弾道ミサイル迎撃実験を実施した。

米国防総省のシューマン報道官は12日、中国側からミサイル実験について事前の連絡がなかったことを明らかにした上で、「米軍の衛星が中国本土で2つのミサイル発射を確認した。実験の目的と今後の計画について中国側にただしているところだ」と語った。

こうした中国側の出方について、クリントン国務長官はハワイで行った12日の記者会見で、中国のミサイル迎撃実験について、「数週間前から実験の兆候はあった」と事前の動きを把握していたことを認めた。

だが、同時に「情報収集と分析を急いでいる」と述べるにとどめ、「ミサイル発射実験は、台湾への武器売却に対する中国側の不快感の表明」(米ニューヨーク・タイムズ紙)など、武器売却とミサイル発射実験を関連付けた見方を否定した。

【転載終わり】-----------------------------------------

民主党案は、評価すべきと感じています。

宮尾 孝三郎

2010年1月13日 (水)

リーダーシップの欠如

フォーリン・アフェアーズ・リポート誌2010年1月号の「シリーズ企画 日本の国益を考える Part4 日本というシステム」のうち、カレル・ヴァン・ウォルフレンが書いた「日本問題―異質な制度と特異性に目を向けよ」(Classic Selection 1986)を読んでいて、面白いことに気づきました。

ウォルフレンは、この文章中次のように述べているくだりがあります。

『1945年に日本へ到着したダグラス・マッカーサー将軍と対日占領改革チームは、一般には強固な軍事独裁制の残滓と広く信じられていた諸制度を解体することをその目的に据えた。「日本に自滅的な攻撃をもくろませた元凶は強力なリーダーシップの欠如だったのかも知れない」などとは、当時は誰も考えなかった。』

これは、米国戦略爆撃調査団近衛文麿公爵に対して尋問した際の、公爵の見解を述べているようです。

さて、我が国は、少なくとも大東亜戦争を始めた1941年から、上記記事をウォルフレンが書いた1986年そして現在にあっても、本質は変わっていないようであります。

我が国における強力なリーダーシップの欠如。

例えば、近衛文麿公爵が首相の座を東条英機に譲った大東亜戦争開戦当時、このような印象を持っていたと米国戦略爆撃調査団は記録しています。

ポール・ニッツ副団長「あなたは、1941年12月の時点ですでに、日本は戦争を成功裡に収拾することはできないと思っていた、と、こういうわけか」

近衛公爵「まったく、あなたのいわれるとおりだ。全然チャンスはないものと思っていた。」

近衛公爵は、つぎのようにも述べています。「彼ら(日本帝国陸海軍部)の計画の基本になる戦略のことを知るのは、軍関係者の外部にある私たちには、ほとんど不可能だった。」

そのとき、軍部と政府が二元化しており、統帥権の独立によって、政府や帝国議会は軍事に口出しできない状態になっていたと歴史は述べています。

かといって、当時の陸海軍は、その戦争の見通しが立っていたのかといえば、そうではなく、山本五十六連合艦隊司令長官は「戦争になれば、最初の1年はやって行けるが、その後のことはうけあえない」と発言しており、陸軍の指導者が持っていたプランはただひとつ「あくまで戦い抜く」というあまりにもおそまつなモノでありました。

さて、現代に戻ります。

自民党が歴史的大敗をしましたが、「安定感をもって漂い続ける」感は、末期症状として誰もが感じていたことと思います。

そして、民主党政権となりましたが、今度はマスコミが民主党を叩きまくっています。

もし、マスコミの攻撃が功を奏して民主党が倒れたときには、一体どのような勢力が日本の政権を担うのか?

その先のビジョンを持った上での戦術であるなら、お任せしても良いのですが、(マスコミにそのような世論操作をさせてよいのかという話もありますが・・・)今度は政治家ではなく全く見えない勢力が、かつての経済大国日本を路頭に迷わそうとしているようです。

強烈なリーダーシップがなければ、烏合の衆と化した日本国民は途方にくれるでありましょう。

宮尾 孝三郎

2010年1月12日 (火)

償ったあとは、教訓を活かすことが重要です

この世は、女性と男性が存在し、家庭、仕事、趣味など色々なところで様々な有機的な活動が行われています。

その男女の混在する世の中において有機的な活動が、時に有益でない場合もあります。

ひとは、過ちを繰り返し生きています。反省から教訓が生まれます。

事情は分かりませんが、報道されている事実のみ当ブログでも転載しておきます。

【以下転載開始】-------------------------------------

Kyoto Shimbun 2010年1月12日(火)

15歳教え子にわいせつ疑い県警、大津市立の中学教諭を逮捕

滋賀県警少年課と草津署は12日、県青少年健全育成条例違反の疑いで、湖南市平松北3丁目、大津市立伊香立中教諭本間博之容疑者(29)を逮捕した。

逮捕容疑は、2009年5月、守山市のホテルで県内の高校1年の女子生徒(15)が18歳未満と知りながらわいせつな行為をし、同年8月、大津市の駐車場に止めた車内でも同様の行為をした疑い。

県警によると、女子生徒は本間容疑者の前任校の教え子で、本間容疑者は容疑を認めているという。

大津市の澤村憲次教育長は「学校教育への信頼を著しく損なうものであり、深くおわびします」、西出昇伊香立中校長は「教育の信頼を失墜させ、大変申し訳ない。教員への指導を見直し、徹底したい」とコメントした。

【転載終わり】-----------------------------------------

思春期は、体の変化とそれに伴う心の状態が及ぼす影響について、保護者と教師が適正に導いていくことが期待されています。

しかし冒頭でも述べたように、ひとは過ちを繰り返し生きています。責める事は容易ですが、教訓を活かすことが重要であります。

宮尾 孝三郎

2010年1月11日 (月)

平成22年大津市成人式

本日、全国各地で成人式が行われました。大津市におきましても大津プリンスホテル・コンベンションホール淡海で10時30分から挙行されました。

大津市の新成人数は3,629人(男1,856人 女1,773人)〈平成21年12月1日現在〉であり、昨年に比し252人の減少であります。

成人となるということは、保護者の保護の下で育ってきた子どもから、自己責任で自らの意志で生き抜く大人になるということであります。

テレビでおバカキャラが重宝されていますが、おバカで生きていけるのはほんの一握りの恵まれたひとだけであり、一般社会においてはおバカでチャンスを逃してしまうことが圧倒的に多いのであります。

幸せな人生をおくりたい、これからはじまる長い人生の、設計図をゆるやかでも良いから右肩上がりのものとしたいと考えているのなら、努力をたやさないようにしましょう。

成人式のパンフレットの裏面に陸海空自衛隊の募集広告が載ってありましたが、平成22年3,4月新隊員予定者の最終合格者は、採用候補者名簿に登載され、順次上位者から採用予定者となります。名簿の順は成績の順であり、合格していても名簿に登載された人数より採用枠が少ない場合は、採用枠外に順位があるひとは自衛官として入隊することができません。

このように、成績というものは人生を決定します。

本日、新成人として自己の認知をされたみなさん、願いをかなえるには努力が一番の道であります。健闘を期待します。

宮尾 孝三郎

2010年1月10日 (日)

平成22年大津市消防出初式

本日は、大津市消防出初式でありました。

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来賓には、嘉田滋賀県知事、川端文部科学大臣(兼内閣府特命担当大臣〔科学技術政策担当〕)など多数お見えになり、盛大に挙行されました。

式典は表彰式がメインであり、「優良消防団員表彰」と「平成22年大津市消防出初式消防功労者表彰」がありました。

受賞されたみなさん、おめでとうございます。

さて、式典が終わり外に出て出初式であります。

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↑湖上に消防艇も見えます。

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↑コチラは、救急隊のブース。乳児の心肺蘇生法マネキンであります。指2本で心臓マッサージを行います。

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↑幼児の心肺蘇生法マネキン。コチラは片手の力で心臓マッサージを行います。

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↑コチラは成人の心肺蘇生法マネキン。AEDのデモンストレーションをしています。

今回の感想でありますが、消防職員はきびきびとした態度で、基本教練も節度を持って実施できており、良好でありました。また、音楽隊の演奏もこれまで見た3年のうちで一番良かったと思います。

消防分団の各位につきましては、少数でありますが、服装の乱れが目に付きました。上衣のボタンをはだけ、制帽をあみだにかぶり闊歩する様子は、練度不十分と見ました。

ヘルメットや制帽を着装する際、着眼は体側(横)から見てヘルメットや帽子の線(下縁)が水平になることであります。

あみだにかぶるのは、陸上自衛隊では「アホかぶり」といいます。

このような簡単なことでありますが、気をつけることで消防分団員各位の威容が保たれることとなりますので、指導の参考にしていただければと思います。

みなさん、大変ご苦労様でございました。

宮尾 孝三郎

2010年1月 9日 (土)

Patrol Officers

交番に勤務する警察官は、徒歩で、自転車で、バイクであるいはパトロールカーに乗りパトロールするのが任務であります。

パトロールの主な目的は、全体的な犯罪の予防であります。

またまた、マッカーサーの占領下の日本の話になりますが、占領下日本の警察制度改革のためマッカーサーから特に指名され来日した、バレンタイン元ニューヨーク警視総監が日本の交番をみて次のような感想を述べておられます。

ニューヨークには交番というものはなく、巡査(パトロール・マン)というのは文字どおり町をパトロールして歩く人間のことと認識しているバレンタイン氏にとって「8000mごとに配置されている交番」は、『年中その中に5、6人の警官がいてタバコを吸っている。巡査は犯罪予防のためにパトロールするのではなく、犯罪が起こってしまってから、悲劇の家の家族が泣き泣きそこへ駆け込む、不親切の象徴』と、捉えていました。

当時のバレンタイン氏の心配とは裏腹に、交番は現在「KOBAN」として、海外に輸出されるほどの評価を得ています。

しかしながら、どのような問題があるのか詳しく調べる必要がありますが、パトロールする警察官が不足しているのか、犯罪・事故が許容範囲をはるかに超えてしまっているのか、レスポンスの低下を感じています。

私の属する防犯団体の活動のような多くの自主防犯団体は、犯罪者を地域から出さないという理想を持って活動していますが、人間の心には善も悪も常駐しており、強さと弱さも表裏一体であります。コントロールの効かない人間に対してはほとんど期待できるものはありません。

交番のパトロールによる積極的な犯罪予防を2010年は期待したいと思います。

宮尾 孝三郎

2010年1月 8日 (金)

スペイン風邪=新型インフルエンザ

新型インフルエンザについて、なるほどの記事です。

【以下転載開始】--------------------------------------

新型インフルエンザ:スペイン風邪と同じ構造 「高齢者に免疫」裏付け

新型インフルエンザが人に感染するかどうかを左右するウイルスの構造が、スペイン風邪など20世紀前半に流行したウイルスと同じだったことが、科学技術振興機構の西浦博・さきがけ研究員らの研究で分かった。新型ウイルスでは高齢者に感染者が少ないことが知られているが、その原因の一つが解明されたことになる。また、日本で1人の感染者から広がるのは1・21~1・35人で、感染力は季節性インフルエンザと同じか弱いことも判明した。7日付の英医学誌2誌に発表した。

ウイルスの表面にはヘマグルチニンという突起があり、この突起を使ってヒトの細胞に侵入する。研究チームは、新型と同じH1N1型の過去のウイルスで、ヘマグルチニンの先端構造を比較した。

その結果、1918~40年代前半に流行したスペイン風邪や同時期の季節性インフルエンザのウイルスは、先端の構造が同じだったことが分かった。これに対し、77年以降は同じ構造を持つウイルスが、ほぼなくなっていた。このため、60歳代以上では新型に免疫を持つようになったと考えられる。

さらに、確定患者約3500人を対象に感染のしやすさを調査。20~39歳を1とした場合、19歳以下は2・7倍、40~59歳が0・56倍、60歳以上は0・17倍となった。

西浦さんは「再流行が起きても、小規模な流行にとどまるのではないか」と話す。

【永山悦子】毎日新聞 2010年1月8日 東京夕刊

【転載終わり】----------------------------------------

ということで、私の過去のブログ記事を今一度読んでいただくと、イマジネーションが広がるかも知れません。

2009年5月 4日 (月) スペイン風邪ウイルスは2005年時点で再現されておりました

2009年12月 5日 (土) 冷静に判断しましょう

つぎに紹介する動画は、関連はありません。ただ、生物兵器の実験現場の様子を知るによい資料です。↓

バイオ・ハザード:アメリカの生物兵器

宮尾 孝三郎

2010年1月 7日 (木)

少しものごとを考えられる人間

昨年末に、「なぜ、自衛隊は存在するのか」シリーズを5回やりました。

また、1月2日3日と関連の記事を書かせて頂きましたが、本日もその流れの記事になります。

憲法第9条は、占領軍マッカーサーの理想であるということを過去の文献で知りました。

『原子力戦争は(米国軍が日本に投下した原子爆弾による新しい戦争)は、戦争を政治の最後の手段として使うという考えを、無効にしてしまっているではありませんか。勝者(米国)は敗者(日本)を、その背中に背負わなければならなかったではありませんか?』(上院:軍事・外交合同委員会にて)

とも、述べておられます。委員会で議員が『では、どのようにしたら戦争放棄ができるか?』との問いに対しては、『そのような機構を作ることだ』と答えて、現実的な過程を示すことはありませんでした。

マッカーサーが解任されリッジウェイ中将が着任すると、マッカーサーの理想論とは違う解釈をします。

少しものごとを考えられる人間にとっては、9条が戦後の一時的配慮に過ぎず、やがては、誇り高く、英知のある愛国者である日本国民が、自らの国の防衛に立ち上がる日が来ることは明らかであった。安保と沖縄について私見をいえば、アメリカとの協定で国の安全をはかる日本の指導者は賢明である。沖縄は、そこに米軍基地があるからこそ、日ごろ口ぎたなくののしっている中共も日本に侵攻して来られないのである。』

210107

↑Occupied Japan(占領下の日本)に着任したリッジウェイ中将

リッジウェイ中将のところまでくると、なぜ現在の自衛隊が存在し、沖縄に米軍基地があるのか、意味が分かってきます。

(参考文献:マッカーサーの日本)

6・3・3の教育では、なかなか教えていただけないお話でありました。

宮尾 孝三郎

2010年1月 6日 (水)

ウィキペディア

藤井財務相が辞任されました。このニュースはトップニュースとして誰しもお知りのことと思います。

すばやいのがウィキペディア。思いつくままに検索しましたが、しっかり塗り替えられていますsign01

210106

ウィキペディア「財務大臣」

2101062

ウィキペディア「日本の大蔵大臣・財務大臣一覧」

2101063

ウィキペディア「藤井裕久」

日本の中央官庁で職員がウィキペディアに書き込みですかね。

まあ、確実な情報であれば私のようなユーザーは助かります。

宮尾 孝三郎

2010年1月 5日 (火)

選択と集中

しばらく国以上の話が続きましたので、本日は大津市のお話を・・・

大津市は、明治31年10月1日(1898年)に市制施行をし、112年の歳月を迎えようとしてますが、事務を的確に分掌できているか疑問に思うところがあります。

ちなみに事務分掌とは、本来、大統領制の市長に与えられた権限に属する事務を、わけて能率的に行うため、次の部を設けるというものです。

政策調整部
総務部
市民部
福祉子ども部
健康保険部
産業観光部
環境部
都市計画部
建設部

さて、大津市は執行機関として法律の定めるところにより教育委員会をおいていますが、この教育委員会の事務と関連し、ひょっとして競合しているのではないかと思料するものがいくつかあります。

例えば、

政策調整部と教育委員会は人権啓発について

市民部と教育委員会は、青少年の育成・子供の安全について、また生涯学習という分野は市民部内の市民協働推進室が担当するNPOなどとも関連していきます。

福祉子ども部と教育委員会は、子育て、児童福祉の分野で関連があります。

これらは、“選択と集中”をせねばならない平成22年度に向けて、よく点検を行わなければならないのではないかと考えます。

各担当事務には、根拠法令がありますからむやみに触ることはできませんが、国の根拠が変更されたり廃止されたもののなかで、自治体が実情にあわせ独自に実施しているような事務については、統合・移管は可能ではないかと思料します。

“選択と集中”と発信された市長の言を重く受け止め、市民の代表である議員から見た気づきを提言としてまとめ、平成22年2月定例会代表質問につなげていきたいと考えています。

宮尾 孝三郎

2010年1月 4日 (月)

首相官邸が、分かりやすく情報発信しています

本日は、日本政府が発表した『新成長戦略(基本方針)』について、考え方が掴みやすい冒頭部分を紹介しましょう。

ソースは「首相官邸」

【以下転載開始】--------------------------------------

新成長戦略(基本方針)

1.「新需要創造・リーダーシップ宣言」
(100 年に一度のチャンス)
私たちは今、長い衰退のトンネルの中にいる。90 年代初頭のバブル崩壊から約20 年、日本の経済は低迷を続けている。成長度合いでは、アジア各国、アメリカを始め欧米諸国にも大きく遅れをとった。経済は閉塞感に見舞われ、国民はかつての自信を失い、将来への漠たる不安に萎縮している。国全体が輝きを失いつつある。

戦後、日本は奇跡の経済成長を成し遂げた。その背景には、経済大国アメリカという目標があった。国民も企業も、そして政治家、官僚も経済大国を目指すという共通目標に向かって総力を挙げた。その結果が、世界第二位の経済大国の実現だった。しかし、一人当たりGDP でアメリカを追い越した80年代、バブルを迎え、そしてバブルは崩壊した。「坂の上の雲」を夢見て山を登り、その頂きに立った途端、この国は目標を見失った。

今、私たちの目前には大きな課題が迫っている。金融市場の暴走の結果としての「リーマンショック」は、我が国の産業界、そして一人一人の生活に大きな傷跡を残した。税収が国債発行額を下回り、財政上は65 年前の終戦当時の状況にまで悪化している。そして、急激な速度で少子高齢社会に突入している。

失敗の本質は何か。それは政治のリーダーシップ、実行力の欠如だ。過去10 年間だけでも、旧政権において10 本を優に越える「戦略」が世に送り出され、実行されないままに葬り去られてきた。その一方で、政官業の癒着構造の中で、対症療法的な対策が続いてきた。

今、最も必要なのは、日本の将来ビジョンを明確に国民に示した上で国民的合意を形成し、その目標に向かって政策を推し進めることのできる政治的リーダーシップだ。100 年に一度といわれる経済危機の中で、国民は旧来の「しがらみ」を脱ぎ捨て、自らの投票行動で民主党・鳩山政権を選んだ。新政権の誕生は、国民のための経済の実現に向けて舵を切る、100 年に一度のチャンスである。

(二つの呪縛)
我が国の経済政策の呪縛となってきたのは、二つの道による成功体験である。第一の道は、公共事業による経済成長だ。戦後から高度成長の60 年代、70年代にかけては、公共事業での国づくり・まちづくりが、将来ビジョンを示す「成長戦略」として有効であった。生産性の低い農村地帯から都会に労働者が流入し、より生産性の高い製造業などに就職することによって消費=需要も拡大し、日本経済が拡大した。国全体の総需要が拡大する中で、新幹線、高速道路を中心とする交通インフラは投資効果が大きく、それ自体が日本経済の成長に大きく寄与した。

しかしながら、80 年代に入りインフラが整ってくると、大都市で得られた税収を画一的な公共事業で地方に工事費の形で配分する仕組みが「土建型国家モデル」として定着し、政治家と官僚による利益分配構造、税金のピンハネ構造を生み出した。公共事業は、農村地域の雇用維持や都市と農村の格差縮小にはつながったが、地域独自の経済・生活基盤を喪失させた。結果として、日本全体の経済成長にはつながらず、巨額の財政赤字を積み上げることとなった。

第二の道が2000 年代の「構造改革」の名の下に進められた、供給サイドの生産性向上による成長戦略である。規制緩和や労働市場の自由化を進めるなど市場原理を活用し、企業の生産性を高めることで経済成長を目指す政策で、同時に公的金融の民営化も進められた。

しかしながら、一部の企業が生産性の向上に成功したものの、選ばれた企業のみに富が集中し、中小企業の廃業は増加。金融の機能強化にもつながらなかった。国民全体の所得も向上せず、実感のない成長と需要の低迷が続いた。いわゆる「ワーキングプア」に代表される格差拡大も社会問題化し、国全体の成長力を低下させることとなった。

(第三の道:成長戦略で新たな需要・雇用をつくる)
私たちは、公共事業・財政頼みの「第一の道」、行き過ぎた市場原理主義の「第二の道」でもない、「第三の道」を進む。それは、2020 年までに環境、健康、観光の三分野で100 兆円超の「新たな需要の創造」により雇用を生み、国民生活の向上に主眼を置く「新成長戦略」である。

「坂の上の雲」を目指した「途上国型」の経済運営ではなく、地球規模の課題を解決する「課題解決型国家」として、アジアと共に生きる国の形を実現する。

2008 年に発生したアメリカ発の金融危機は世界経済の構造を変えた。アメリカを中心に需要が世界的に蒸発した今、これまでどおりにモノを作って売ろうにも、それを吸収する需要が存在しない。私たちは、この新しい現実に対応しなければならない。

日本経済の現状を見た時、確かに国内において需給ギャップは存在する。

2007 年度に515 兆円に到達した我が国の名目GDP は473 兆円(2009 年度)にまで減少する見込みである。しかし、国民生活の課題に正面から向き合った時、その課題解決の先には潜在的な需要が満ち満ちている。・・・

【転載終わり】----------------------------------------

なかなか率直な記述であり、新鮮でかつ好感が持てます。

自民党は、外圧と内政の板ばさみに遭い、またタダでは転ばないアクトが揃っていましたので、困難をあえて利得としピンハネ構造を巧妙に仕込んでここまできました。

それを言葉を選ばず記述しているあたりは、さすがであります。

現政権の情報発信は、マスコミをアテにせず直接省庁にアクセスし取得しましょう。

宮尾 孝三郎

2010年1月 3日 (日)

代価は支払われています

昨日の「真相は、外務省サイトで」の付録のようなお話です。

ギブ ミー チョコレート のお話です。

GIが乗るジープに日本の子どもたちが手を振って駆け寄ると、やさしいGIさんが、チョコレートなど「アメリカ人の税金」でまかなわれた「アメリカの食糧供給」品を与え『やさしいアメリカ人』が被災地で受け入れられていったという話があります。

当時の敗戦国日本は、現代の我々が想像し得ないほど荒廃し衛生状態の劣悪な状況で飢餓の恐怖にありました。

米戦時省は、アメリカの食糧放出が日本人にどのような影響を与え、どんな戦略的効果があるかを調査しています。

そして、輸入物資の代価は、占領終了後にすべて日本国民の税金で返済しています。

(参考文献:マッカーサーの日本)

感謝の気持ちは今でも残っていますが、アメリカ国民の税金でまかなわれた食糧放出は、日本国民の税金によってすべて返済しているという、昨日の記事「旧政権と米国との間で軍事的な密約があった」という話に対する理解が促進されるお話でありました。

宮尾 孝三郎

2010年1月 2日 (土)

真相は、外務省サイトで

わが国の現政権は、旧政権と米国との間に軍事的な密約があったという真実を求め、調査することを発表しています。

その岡田外務大臣の命令は次のとおり

【以下転載開始】-------------------------------------

平成21 年9 月16 日

外務事務次官 薮中三十二殿

いわゆる「密約」問題に関する調査命令について

外交は国民の理解と信頼なくして成り立たない。しかるに、いわゆる「密約」の問題は、外交に対する国民の不信感を高めている。今回の政権交代を機に、「密約」をめぐる過去の事実を徹底的に明らかにし、国民の理解と信頼に基づく外交を実現する必要がある。

そこで、国家行政組織法第10 条及び第14 条第2 項に基づく大臣命令により、下記4 点の「密約」について、外務省内に存在する原資料を調査し、本年11 月末を目処に、その調査結果を報告することを求める。

なお、作業の進捗状況は随時報告し、必要に応じて指示を仰ぐよう併せて求める。

一 1960 年1 月の安保条約改定時の、核持ち込みに関する「密約」

二 同じく、朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する「密約」

三 1972 年の沖縄返還時の、有事の際の核持ち込みに関する「密約」

四 同じく、原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」

外務大臣 岡田 克也

【転載終わり】---------------------------------------

この調査は、平成22年1月中旬を目途に外務大臣に報告される予定です。

【以下転載開始】------------------------------------

いわゆる「密約」問題に関する有識者委員会

平成21年11月24日

1 委員会の任務

(1)  本委員会は、9月16日付外務大臣命令に基づき外務省内に設置された、いわゆる「密約」問題に関する調査チームが作成した調査報告書の内容を検証し、平成22年1月中旬を目途に、これを踏まえた報告書を外務大臣に提出します。

(2)  本委員会の委員は、その作業を行うにあたり、上記調査チームが調査報告書の作成過程において、以下4つのいわゆる「密約」の存否・内容に関連するものとして特定した文書並びにこれに関する必要な文書を、外務省内で閲覧することができます。

(イ)1960年1月の安保条約改定時の、核持ち込みに関する「密約」

(ロ)1960年1月の安保条約改定時の、朝鮮半島有事の際の戦闘作戦行動に関する「密約」

(ハ)1972年の沖縄返還時の、有事の際の核持ち込みに関する「密約」

(ニ)1972年の沖縄返還時の、原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」

(3)  作業の対象とする文書は、概ね1989年までのものとします。

(4)  本委員会の報告書には、上記4つのいわゆる「密約」の存否・内容に関する検証に加え、判明した事実に基づき、当時の時代背景を踏まえた歴史的な評価を含めるものとします。

(5)  本委員会は、作業を行うにあたり、その判断に基づいて元外務省職員を含む外務省関係者等からの聴取を行います。

(6)  本委員会の報告書には、今後の外交文書の公開のあり方についての提言を含めるものとします。

2 具体的な活動予定

第1回会合は11月27日(金曜日)に行い、報告書提出までの間に5回程度の会合を開催します。

3 委員会の構成

北岡 伸一      東京大学教授(座長)

河野 康子      法政大学教授

坂元 一哉      大阪大学教授

佐々木卓也      立教大学教授

波多野澄雄      筑波大学教授

春名 幹男      名古屋大学教授  (計6名、五十音順、敬称略)

4 委員の守秘義務

委員は、外務省参与(非常勤国家公務員)に任命(辞令交付)され、国家公務員法上の守秘義務を負います。

【転載終わり】----------------------------------------

ちなみに、1972年の沖縄返還時の、原状回復補償費の肩代わりに関する「密約」については、明らかにされることが確実なのではないかと思料します。

というのも、米国の機密公文書は平成12年5月、米公文書館で25年間の秘密指定が解かれた公文書類の中に密約を裏付ける文書を発見した日本人(琉球大学教授と朝日新聞)がおり、その後も、秘密指定の解かれた文書が日本人により確認されているからであります。

そうして平成21年現在、密約の存在を示す文書についてはすべて秘密指定が解除されており、米公文書館にて公文書として閲覧可能であるようですが、自民党政権は文書の存在を否定し続けました。

これから、日本国民は様々な真実を知ることになります。これは、相当な衝撃を与えるであろうと思っていますが、マスコミの評価は二分されるでしょう。

マスコミの報道を頼りにすると、どちらかの勢力によって洗脳されることも考えられますから、この際外務省サイトに直接アクセスし、真相を知る努力を国民一人ひとりが行うことを切望します。

今年は、様々な覚悟が必要な年となりそうです。

宮尾 孝三郎

2010年1月 1日 (金)

多くに支持される秩序づくり

元日は、氏神さんである「早尾神社」へ初詣に参りました。

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元旦前(初日の出前)の1月1日00:40にお参りしました。

「元旦」の「旦」の字の「 _ 」は、地平線をあらわしているのだそうです。ですから太陽が地平線から出たその瞬間を「元旦」というのだそうです。

さて、話は変わって、元日はこの1年をどのように過ごすべきか考え、そして決意する日とする方が多いようです。私もそんなみなさんと同じようにその一点に絞って思考をめぐらせました。

どの道にも人生の先輩がおられます。例えば名工は、日々技術を練磨されその道において他の追随を許さないといった尊敬を集める方もいらっしゃいますが、お笑いの世界などでは、コンビ結成30周年の方々と若手漫才師などが同じステージに立つとベテランは笑いを取れず、見ているほうが同情するといったこともあります。

人間の心には「善」と「悪」があり常に葛藤をつづけるものでありますから、「犯罪は減ることはあってもなくならない」ということをほとんどの方が理解し「税金の無駄だから警察をなくせ」という方はいらっしゃらないと感じていますが、一方で「武器がなくなれば戦争にならない」という考え方を持ち、「軍隊はいらない」とおっしゃる方も多くいらっしゃいます。

「地球は温暖化傾向にある」と多くの国々が温室効果ガスの排出取引をされていますが、例年に比し低温状況にある地域では寒さによる死者が発生しているというニュースもありますし、この正月間もわが国の日本海側では、厳しい寒さが予想されています。

携帯電話を子どもに持たせることでGPS機能により知りたいときに子どもの所在が確認できるというふれこみでキッズケータイが重宝された時期がありましたが、その携帯のインターネット環境により子ども同士のイジメや性犯罪トラブルに巻き込まれることが問題視され、子どもに携帯を持たせないという運動が各地で広がっています。

芸能界は「夢を売る仕事」でアイドルは子どもたちの憧れの的でありましたが、薬物汚染がニュースになると大人も子どもも衝撃を受け髪を短く切った芸能人をみると「まさかこの人も」といらぬ詮索(残留薬物反応対策)をしてしまうような心理が働いた時期もありました。

「いま頑張っておけば、老後にはこのような(自分で空想した)生活ができるはず」と想像してみますが、ひょっとして頑張っている今より先の人生のほうが心配な状況になるかも知れませんし、あるいは要らぬ心配かも知れません。

つまらないことばかり考えた元日でありましたが、様々な上記の思考においてひとつ共通点を見出すことができました。

「秩序」であります。人々は正解を求めているのではなく「多くに支持される秩序」を求めているのであります。

政治家は、商売人ではありませんから「経済の活性化」といって、お金を与えるのが仕事ではなく、経済が活性化するための「多くに支持される秩序」を示すことが大事であります。

この世に正解などはなく、神様が降りてきて都合の悪い事をすべてリセットしてくれることもないのでありますから、万事の矛盾を分析し「多くに支持される秩序」をもってことに当たる。これは、国際間、国の統治、地方自治、住民自治、家庭内など、様々なシーンにおいて必要な手段であります。

私は2010年元日に悩み悩みぬいた末、「多くに支持される秩序」を考えることが重要であると意識づけました。

さて、このような意識づけが、私の日々や、私の周り、市政などにどのように反応していくか分かりませんが、世の中に「絶対」もないのでありますから、その都度、軸足の位置を見直しながら無理せず、無理強いもせず、心を穏やかにそして、自分に素直に生きてまいりたいと思っております。

宮尾 孝三郎

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