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2009年12月26日 (土)

なぜ、自衛隊は存在するのか1

昨日は、陸上自衛隊大津駐屯地の餅つき大会を紹介させて頂きましたが、そもそも自衛隊は、なぜ戦後日本に存在することとなったのかという部分を、何回かシリーズで紹介していきたいと思います。

今日はその第1回目。

第二次世界大戦が終わって、マッカーサーが日本に上陸すると「極東のスイスたれ」と日本の中立化構想を唱えました。

そして、日本国憲法マッカーサー草案が示されると、「国民主権」という部分に日本国関係者は驚愕しますが、「もう戦争はこりごりだ」という心情が強く、第9条には特に反対するような気持ちにはならなかったと伝わっています。

その後、マッカーサー草案は、日本政府によって若干の字句の修正が行われ、議会において第9条第2項の前段に「前項の目的を達成するため」という字句を加えた、いわゆる“芦田修正”が行われて、昭和22年5月に施行されました。

当初、占領軍は日本の経済復興を主眼に政策推進していくつもりでした。

しかし、同年末、東西の冷戦がエスカレートし、翌年の昭和23年1月「日本を全体主義の氾濫に対する防波堤へ」とロイヤル陸軍長官が演説すると、アメリカは日本の再武装化を考えるようになります。

その方向転換の主な理由は、内戦が続いていた中国で、蒋介石の率いる国民党が昭和23年中頃から敗退を続け、翌24年10月には、毛沢東率いる共産党政府が成立したことであります。

中華人民共和国の成立から三ヶ月を経た昭和25年1月、アチソン国務長官は、日本がアリューシャン列島、沖縄、フィリピンと共に対共産圏防衛線の重要な一角を成すことを内外に明らかにしました。

冒頭で述べたように「極東のスイスたれ」と、日本の中立化構想を唱えていたマッカーサーも、ワシントン政府の動きに応じるように次第にその考えを変え、「この憲法の規定は、相手側からしかけてきた攻撃に対する自己防衛の権利を否定したものとは絶対に解釈できない(昭和25年元旦“日本国民に与う”)」と述べ、日本の自己防衛を強調し、当初の“非武装日本”の構想から大きく転換を見せました。

(参考文献:日本人の100年)

このように、日本の占領政策は、最初から翻弄されることとなります。

宮尾 孝三郎

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