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2009年10月29日 (木)

逆らえないときに使う手

鳩山政権の外交軸は、常に確認してまいりましょう。

【以下転載開始】--------------------------------------

日米同盟のあり方「包括的に再検討」…首相

鳩山首相は29日の参院本会議での代表質問で、日米同盟のあり方を再検討する意向を表明した。

首相は「日米同盟は日本外交の基軸だ」としたうえで、「来年は日米安全保障条約改定50年の節目を迎える。日米同盟のあり方全般について、包括的なレビュー(再検討)を新政権として行いたい」と述べた。

これに関連し、首相は同日夕、首相官邸で記者団に対し、在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)、日米地位協定、米海兵隊普天間飛行場の移設問題をあげ、「どういう解決策があるか、しっかり議論して結論を出したい。レビューが必要だ」と説明した。

一方、首相は衆院本会議での代表質問で、思いやり予算について「我が国の負担を効率的で効果的なものにするため、包括的見直しが必要だ」と述べ、削減に意欲を見せた。

(2009年10月29日22時40分  読売新聞)

【転載終わり】----------------------------------------

“日米同盟”とは、外交関係を指す言葉ではありません。“日米同盟”とは、“軍事同盟”を指す言葉であります。

この民主党的定義は、“軍事同盟関係=外交的な友好関係”ということになりますから、同じ側のチームに入っていない国は、外交関係でも軍事関係でも“敵”とみなされているという心地よくない感触をもたれることを、あえてよしとする政策であります。

しかし、日米同盟とは、そこまでしっかりしたものではないようです。いままでの推移を見ていきましょう。

1951(昭和26)年に旧安保条約が締結されますが、その前年に勃発した朝鮮戦争の後方基地として日本国を位置付ける狙いがあったようです。

また、わが国とすれば、軍事力の整備よりも戦後復興に力を入れたいときでしたから、アメリカに軍事力を肩代わりしてほしいという思惑がありました。

その後、中国と台湾の間で起こった台湾海峡危機や、南ベトナムでは、ベトナム戦争の兆しが現れてきました。このような背景があり1960(昭和35)年、新安保条約を締結します。

その後、アメリカ側は対ソ・対中戦略を企図する軍事同盟に性質を変えていきます。(東西冷戦)

冷戦が終結すると、グローバリズムの呼びかけとともに、その影響力は東南アジアから中東にまで及んでいきます。(不安定の弧

このように、“日米同盟”は、日本の国土の防衛というよりも、アメリカの戦略上の位置づけであるということができます。(以上、参考:日米安保

アメリカ側の思惑の“日米同盟”を「外交の基軸」と自公政権が言うのなら理解できないでもありませんが、民主党が「暮らしのための政治」を目指している中での表明ですから、『アメリカあっての「暮らしのための政治」ですよ』と、国民に理解を求めるのがよいでしょう。

ということで、『逆らえないときに使う手』で、しばらくの間、日本の防衛(外交?)は自公政権の延長線を漂い続けるようです。

宮尾 孝三郎

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