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2009年9月11日 (金)

9.11

平成13年9月11日当時、私は陸上自衛隊第109教育大隊本部の人事陸曹をしており、官舎に帰るのは連日22時を回るような毎日を過ごしておりました。

その日も、いつものように戦闘服から第3種制服に着替え、帰宅準備を済ませ、スクーターに乗り、21時50分過ぎに営門を出、勾配のキツイ坂道の上にある寝床の官舎を目指しました。そのときはまだ、なにが起こっているのかなど知る由もありません。

官舎の扉をあけると家族が「お帰り」というかわりに「アメリカでたいへんなことが起こってるんやって!」と振り向きざまに告げました。短靴を玄関に脱ぎ、狭いリビングに入り、立ったままテレビに目を向けると、アメリカのどこかの超高層ビルが煙を上げている映像でありました。

「なにがあったんや」と聞くと、「飛行機がぶつかったみたい」と・・その返事を聞いている最中にその超高層ビルに隣接するもうひとつのビルに飛行機が突っ込むその瞬間を見ました。

「テロや!」とつぶやいたのを、今でもよく覚えています。

あとのことは、皆さんよく知るところですから、余分なことは書きません。

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それから2年後、私はイラク帰りのアメリカ陸軍予備役兵5名と、別の日に沖縄海兵隊の2名をホームビジットに受け入れましたが、ユタ州出身の予備役兵の日本語が堪能な(彼女が日本人だと言っていた。)ひとりが通訳を買って出てくれ、その5名のうち一番年長者の曹長との会話を取り持ってくれました。

「マイク(曹長は私をこう呼んだ)、自衛隊はイラクに行くのか?」

その当時、まだイラク派遣は決定しておらずその旨を伝えたところ

「マイクは行くんじゃないぞ、話と違うぞ」

私は、とうとうイラクに行くことなく、自衛隊を退職しましたので、その曹長の言葉の意味を知りません。

しかし、彼らは本当なら6名でチームを組んでおり(Recon Combat Vehicle要員)でひとり来れずに残念だということを言っていましたが、強行偵察で「あの電柱より30ヤード先に行け。撃たれたら、敵の方向を確認して戻って来い。」という命令を受け、そのポイントに向けて前進したところ、十字砲火を受け、車両炎上の可能性が出たので、全員下車し、地面に伏せていたら、30分ぐらいで銃声が鳴り止み、そのうちの1名が様子を見るため地面に手をつき、上体を持ち上げようとしたところ、一発の銃声が鳴り、その1名は肩を撃ち抜かれたそうです。それからさらに日没まで2時間全員地面に伏せ続け、暗くなってから引き上げてきたのだそうです。

その曹長はさらに言いました。(左肩の刺青を指差しながら)「ココには、“この身は祖国のために”という意味の文字を彫っているが後悔している。あの戦争は、間違っている。」

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9.11以降、「テロとの闘い」という新しい戦争の概念がグローバルスタンダード化されました。通常、戦争は国同士で対峙しますが、相手が国ではなく、武装集団であるとき、その武装集団に攻撃されることはあっても国を占領されることはありません。

戦争は、勝敗がついたとき講和に向けた話し合いとなりますが、テロリストが相手だと、講和はありえません。つまりテロとの闘いは、テロリスト集団を殲滅しないかぎり終わることはないのです。

終わりのないクラッシュ&ビルド時代が2001年9月11日に幕をあけたのです。

私は、9.11に関心を持ち続けています。風化は悲劇を再び呼び込みます。決して忘れないことを、皆さんにもおすすめします。

参考記事 2008年12月30日 (火) 悪役が悪者になる日

宮尾 孝三郎

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