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2009年7月20日 (月)

山田豊三郎前市長の通夜でありました

大津市前市長、山田豊三郎氏の通夜に参りました。

【以下転載開始】--------------------------------------

Kyoto Shimbun 2009年7月19日(日)

山田豊三郎氏死去 前大津市長 6期・86歳

大津市長を6期23年半務めた山田豊三郎氏が18日午後5時10分、肺炎のため大津市の病院で死去した。86歳。守山市出身。自宅は大津市中央2丁目4の36。通夜は20日午後7時から大津市浜大津4丁目6の17、浜大津シティホールで。葬儀・告別式の日程は未定。喪主は元滋賀銀行専務で長男の実(みのる)氏。

旧満州(中国東北部)の新京法政大を卒業後、満州国政府に勤務。帰国した1945年に大津市職員となり、建設部長、助役を歴任。80年6月、山田耕三郎市長の後を引き継いで市長に初当選。6期連続当選を果たした。2003年12月、高血圧などの健康不安を理由に任期を6カ月残して引退、療養を続けていた。

市長在任中は、「ふるさと都市大津の実現」を掲げ、87年から11年かけた琵琶湖岸なぎさ公園の整備をはじめ、下水道整備、廃棄物処理の充実、古都指定などに尽力した。

【転載終わり】----------------------------------------

210720

↑このグラフは、勝手ながら私のイメージで作ってみました。

1972(昭47)年~ 山田耕三郎元市長…全学区に市民センターの整備

1980(昭55)年~ 山田豊三郎前市長…自治連合会の強化

2004(平16)年~ 目片信現市長…三者協働のまちづくり

といった感じで、「市民が主役のまちづくり」を三代の市長が構築を続けてこられています。このバトンタッチは実に素晴らしいと思います。この「市民が主役のまちづくり政策」を青ラインで表現しています。

つぎに、赤ラインは何を表すかといいますと、市長の発するメッセージに市民が呼応した程度を表現しています。

山田豊三郎前市長が6期務められましたが、最後の任期あたりから健康上の不安が表面化します。頃を同じくして市内にマンション建設ブームがおこります。新住民が劇的に増え、自治会加入率が下がり始めます。

その後2004(平16)年に目片信現市長が市政を指揮し始めますが、増え続ける新住民、高齢化著しい自治連合会役員といったコンディションで、「市民が主役のまちづくり」政策にブレーキがかかり始め、せっかく政策目標に置いていただいた「三者協働のまちづくり」が難航し始めます。

このような現象と現状をみるに、構造の改革が必要と考えます。故山田豊三郎氏の置き土産を考えながら参列させていただいた通夜でありました。

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ご冥福をお祈りいたします。合掌

宮尾 孝三郎

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