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2009年7月14日 (火)

「平和」を語る資格

私は、このブログで何度か、平和をテーマにして書いておりますが、「平和への願い」「平和を願う」などという言葉が、教育や行政など様々なシーンで語られるたびに、考えさせられます。

平和を願うだけで、暴力的行為を阻止・抑止できるとは思えないからであります。

たとえば、「無抵抗・無防備でいれば、争いは避けられる。」という考え方でありますが、かなり度胸のいる危険回避法であります。

暴力集団の一部と接触した場合に「話せば分かる」というスタンスをとることができるひとは、平時の現在においても、見て見ぬ振りをせず、話し合いで問題を解決できる能力を持ち合わせている人だといえます。

私は、防犯活動の中でこのような話かけにより問題解決を図るということを、メンバーとともに、日々実践させていただいておりますが、どうしても問題が解決しない場合には、警察に連絡をします。

組織的暴力が国家レベルで行われる場合、これを一般的に戦争といいますが、無防備で無抵抗である地域に直接戦闘員が送り込まれた場合には、その度胸ある市民の方々は話し合いで解決を試みられるかも知れませんが、言葉が通じない場合は、コチラの意図は伝わりませんから、組織の指揮命令系統の判断により武力が行使され、あるは現場の判断で、刺・射殺されるかもしれません。

また、直接戦闘員が送り込まれる場合以外の、例えば遠隔操作等によりミサイル等が打ち込まれる場合、度胸ある市民の方がその地域に何千人いたとしても、あらかじめ決められたミサイルの着弾地点をかえることは、出来ません。

ここで言いたいことは、「平和は願うだけではかなえられない」と言うことであります。平和は構築するものであり、不断の努力が必要であります。

その努力は身近に言うと防犯活動であり、行政レベルでいうと警察活動であり、国家レベルでいうと防衛行動であります。

そのような不断の努力を「市民レベルで否定する」ことがいかに思慮に欠けていることか、ということは、2005(平成17)年に大津市民は知ったのであります

210713

さて、大津市は2009(平成21)年7月1日付で「平和市長会議」に加盟しました。

この加盟について、本市執行部から相談を受けた際、私は思いを伝えさせて頂きました。

「加盟したからゴールなのではありません。加盟するということは、平和構築に不断の努力をされる覚悟をもって、能動的に活動されることであります。また、誤った平和教育を正し、身を挺して活動されている自衛隊など平和構築をつかさどる分野の方々の活動を広く市民にお伝えする努力を頂きたいと思います。」

しかし、本市は加入金なしのメンバーズクラブに気楽に入ったような気分でおられるようであります。議員に加盟の相談はありましたが、その結果については報告がなく、私が確認するまで加盟については知りえない状況でありました。また、広報があるわけでなく、ホームページに何らメッセージもありません。

210714

「平和」を軽く見ているのなら、「平和」を語る資格はありません。「平和」は不断の努力によって守られているのです。

宮尾 孝三郎

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