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2009年7月 3日 (金)

「地方分権」って一言でいえるものではありませんが…

宮崎県知事の東国原 英夫(ひがしこくばる ひでお)氏が、自民党にお誘いを受けた際に「総裁候補なら」と言ったという発言がクローズアップされ、非難を受けておられますが、「地方分権」についても述べられています。

「地方分権」というキーワードは、専門家でもない限り、実は説明するのが難しいネタです。

平たく言うと「国の関与は必要最小限にとどめ、地域の行政は地域の住民が自分たちで決定し、その責任も自分たちが負う」ということです。

しかし、「地方分権」という言葉の目線は中央から地方へ「分権(権利を分ける)」するというものですが、日本国憲法でうたわれている「国民主権」はもともと住民にありますから(という建前になっていますから)、地方の出来ないことだけを国にやってもらおうとする「地方主権」というほうが、分かりやすいかもしれません。

「地方分権」は、いまだ上下関係・主従関係を連想させますが、「地方主権」は国と地方は対等であり協力関係にあるというイメージを湧かせます。

もう少し、概念から具体的な話に入りますと、国、県、市と同じような仕事をしている分野では、「二重行政」といわれる形態が存在します。国と地方の仕事がダブったり、やっかいな仕事をお互いに譲り合ったりと、こんなことは見渡せばよくあることですが、なかなか改善されませんよね。

河川や道路などは、そのような混乱が生じる分野の典型であります・・・

この際、外交や安全保障、司法、貨幣制度など、日本が国としてなりたっていくために必要な仕事は国が当然のごとく受け持ち、小学校や中学校の義務教育、道路・河川の改修や災害復旧、国民健康保険や生活保護、警察行政や消防といった地域の住民の日常生活に大きく関わっている身近な行政を地方自治体が受け持つ。

当たり前のような話ですが、現実には地方自治体に任せてもいいような事務が国の仕事となっている場合がありますし、住民が国の受け持ちと思っているような仕事でも地方自治体の受け持ちである場合も多いのです。

また、法律を定めて、本来は国がすべき事務を地方に任せるという「法定受託事務」というものもありますし、概念よりも現実は複雑で、仕分けするのが大変であります。

ちなみに、明治政府以来、地方を従属的な地位に位置づけてきた国の「機関委任事務制度」を廃止した2000(平成12)年4月施行の「地方分権一括法」までの長い間、日本という国は中央集権国家であったことを忘れてはなりません。といいますか、いまだに「地方分権」を地方六団体(全国知事会・全国市長会・全国町村会、全国都道府県議会議長会・全国市議会議長会・全国町村議会議長会)がいい続けていることが、中央集権から抜け出せていないことの証明であります。

長々と書いても「地方分権」の一言をいい表すことが出来ない…coldsweats02

また、次の機会に書きますが、地方分権改革は進め方が難しく、現在のところ中途半端でありますので、国と地方の歳出比率が4対6であるのに対し、その税源の配分は6対4という地方の財政を苦しめる「綱渡り」状態が続いています。「骨太の方針」や「三位一体改革」と聞こえはいいですが、寸止めされた状態では、地方が疲弊するばかりでしたので、福田前首相は「地方分権」を最重要課題としていました。

このような、最重要課題を東国原知事は政府に「地方六団体の要望を100%飲め」と言ったわけですから、地方にしてみればヒーローです。

しかし、政局としてみるマスコミや、政局に利用しようとした永田町のお陰で、「地方分権」を唱えることがインチキ臭く視聴者には伝わっているかもしれません。

まあ、宗主国のシュワちゃんの州がいよいよデフォルトみたいですから、我が国も「中央集権」強権政治に自然と移行していくかも知れませんねweep

(参考:第一法規 最近の自治体地域政策)

宮尾 孝三郎

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