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2008年12月10日 (水)

昨日のダム関係を・・・

市議会の質疑・一般質問が始まり、連日大忙しで、ブログの更新が皆様の期待に応えられておらず、スミマセン。

初日の9日(火)は、大津市議会から、滋賀県知事に対して「ダム建設中止の撤回要求(計画通り、ダムをつくってほしい)」の意見書を出したいとのことで、その提案者である大津市議会大志会から提案説明があり、意見書案に対して、共産党さんが、まず質疑。

次に、杣・対話の会さんが反対の討論をし、その後、大志会さんが賛成の討論。

わが清正会は、私が代表者となり反対討論しましたが、結果は大津市議会として意見書案を採択するということになりました。

ちなみに、わが会派は、その意見書案に反対しましたが、反対討論をココに掲載しておきます。

【以下、掲載開始】------------------------------------

【清正会 宮尾孝三郎 反対討論】

それでは、大津市議会清正会を代表して、

意見書案第36号淀川水系河川改修計画案に対する滋賀県知事意見に関する意見書、意見書案第37号大戸川(だいどがわ)ダム建設に関する意見書についての反対討論を行ないます。

昨日、県議会定例会での集中審議の模様をインターネットで、自由民主党・湖翔クラブから、最終の共産党まで見ておりました。

なぜ、知事は、河川整備計画に大戸川ダムを位置づける必要はないと判断したのか?

ダムを完成させるのに、いつから着工して、どのくらいの期間を要するのか?

その間の河川改修は、するのかしないのか?

淀川水系全体を見て、大戸川ダムの治水能力はどうなんだ?

地元住民が願う治水を実現させるには、どのような手法が適切なのか?

など、正に、これぞ集中審議というものでした。そして、まさに今のこの瞬間も、集中審議されている最中ではないでしょうか?

このタイミングで、大津市議会が、知事意見の撤回を求める意見書を滋賀県知事に提出されるというこの判断は、いかがなものか、というのが、率直な感想です。

この意見書案を出される理由は、知事意見が“ダム建設を求める”内容でなかったから、というものなのでしょうか?昨日の県議会を見ているかぎりでは、どの議員も決してダムありきの発言はされていないように感じました。

しかし、国の機関である近畿地方整備局が、平成17年7月に「大戸川ダム事業を当面実施せず」と発表し、2年後の平成19年8月に「やっぱりやることにした」と方針が揺れ動いたり、滋賀県や本市もそのたびに翻弄され、一番納得できなかったのは、もちろん地元の方々であり、「なぜこの様なことになったのか」という、本質の部分を今一度確認する必要があります。

当初、ダムは利水・治水・発電などを目的とした多目的ダムとして計画されましたが、その多目的ダムというキーワードが謎解きの鍵であると考えます。

現在、金融危機で計り知れない不安を抱きながら、世界中の人々が年末を迎えようとしています。そんな今から79年前に、皆さんよくご存知の、世界恐慌がありました。1929年のことです。

1933年、フランクリンルーズベルト大統領が就任すると、議会に景気回復や雇用確保の新政策を審議させ、最初の100日間で数々の政策を制定させました。その新政策の中にTVAというものがあります。TVAとは、テネシー川流域開発公社を略したもので、テネシー川流域に32個もの多目的ダムなどを建設することで、大量失業者に雇用の機会を与え、購買力の向上を図る景気回復策であり、これが世界最初の地域開発だといわれています。

わが国でも河川学者により、昭和14年ごろから、そのTVAが研究されはじめます。そして、戦争が終わり、占領軍がわが国に上陸しますと、GHQの内部に多数いたニューディール政策信奉者により、“TVAはすばらしい”と日本人技術者に広められ、敗戦国日本の、民主化と雇用政策のための公共事業として、ダム建設が進められることとなりました。

その日本の公共事業の基本法として、TVAの影響を受けた、国土総合開発法が昭和25年に制定されます。
日本の戦後大ダム建設の歴史は、このようにアメリカのTVAに強く影響を受けたものでした。これにより従来の河川改修計画は、根本的に見直され、戦前の河水統制事業は多目的ダムを中心とした戦後復興のシンボルとして生まれ変わり、その精神は、いまでもなお生き続けています。

戦後の復興事業として、取り入れられたそのアイディアは、あくまで緊急事態のニューディール政策から出てきたものですから、経済が成長し、安定し、技術革新も進んでいる現在において、施策の優先順位が変わってきたということは、価値観の変化からみても、当然のことであるといえます。

このような認識のもと、先日、意見書提出者でもある大戸川周辺にお住まいの議員の勧めにより、現地を視察させていただく機会を頂きました。地元協議会の方の、過去から現在までの一連の経緯説明や、国土交通省大戸川ダム工事事務所の詳細な計画についての説明、ダム予定地のボーリング調査の様子やダムが完成すると道路が水没するため、現在の位置よりも70mから80m高い位置に付け替える道路工事の様子、そして、移転を強いられ、現在はダム工事用の骨材置き場となっている旧大鳥居の現状、そして川下へさがり、昭和28年の台風13号により水が堤防を越えて土砂が削られ、河川が氾濫した羽栗橋付近、昭和57年の台風10号により流出した石居橋を視察し、土砂が堆積し、樹木の生い茂る、堤防整備の進まない大戸川の現状をしっかり見てまいりました。

地元の方々の願いは治水であり、この夏、極めて局地的にゲリラ豪雨が多数発生したことから、その不安が極大していることには、察するに余りあるものがありました。

しかし、その淀川水系河川整備計画について、意見を国から求められているのは滋賀県知事であり、そのジャッジをするのは、県議会であり、知事意見も、その議決も河川法、滋賀県条例に基づき行なうものであり、それに知事は、その河川法に基づき、関係市町長に意見を求められたわけですから、当然、本市市長の意見も間違いなく伝わっているわけであり、また同時に、下流の自治体とも意見交換を重ねた結果の知事意見案であります。大戸川ダムに関する知事意見に県議会の議決が必要なのは、滋賀県だけであり、その重要性を認識すると、“ダムありき”でないから撤回を求める、というこの意見書案には、賛同することは出来ません。

よって、大津市議会清正会は、意見書案第36号、及び第37号の必要性を認めず、当該意見書案に反対の立場を表明します。

【掲載終わり】----------------------------------------

非常に分かりにくいと思いますが、わが会派清正会の立場を要約すると次のとおり

  • この意見書案を、大津市議会がこのタイミングで県知事に送ることに、何の効果も見出せない。
  • 戦後復興のツールとして利用された多目的ダムから流水型ダムに計画変更したが大戸川は本当にダムを必要としているのか?
  • 治水を行なうことに意識を集中してほしい。
  • しかし、長期的に見て流水型ダム(穴あきダム)の治水効果を否定するものではない。

というものです。

明日以降、私が本日、質疑・一般質問させて頂いた内容について、逐次アップしていきますので少々お待ちを・・・

明日は、わが会派清正会の山本議員が会計の鋭い指摘を行ないます。

谷議員は、初日の登壇でありました。非常にデリケートな問題に深くメスを入れられました。

一仕事終えたって感じです。今日はビール飲もぉっと!

宮尾 孝三郎

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