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2008年11月12日 (水)

今回、歴史認識をジャッジしたのは?

学校で、教科書にしたがって歴史を教わっていた頃、なんで見てきたような記述ができるのだろうと疑問に思うことがありました。その歴史の当事者の記述ではありませんし、「この歴史は、間違いないと誰がいえるのだろうか?」と常に疑問に思ってきました。

いま、歴史認識で国が揺れています。まずは、“日本国政府の公式の歴史的見解”とマスコミが伝えるその文章を見ていきましょう。

【以下転載開始】-------------------------------------

村山内閣総理大臣談話

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)

先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。

また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。
 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。(外務省HPより)

【転載終わり】---------------------------------------

この談話以降、わが国は多くの局面で、謝罪を繰り返すこととなります。

いっぽう、時のひととなった、元航空幕僚長田母神俊雄氏の論文は、学校で決して教わることのない、違った面での歴史を国民に知らせることとなりました。

戦争には、謀略がつきものであり、騙し騙される情報戦があることを、多くの国民は認識できていないと思います。

その謀略の一例を、“日本を被害者の目線で解説”した元航空幕僚長の論文は、マスコミに相当のインパクトを与えました。そして「村山談話を公式の歴史的見解とする日本国政府を貶める自衛隊」として、紙面をかざり、テレビをにぎわしました。

マスコミ→政府→マスコミ→国民 というふうに、世論を操作されてから、我々はマスコミからお借りした思考によって、この問題を考えていきます。このような状況は精神衛生上よろしくありませんが、日本国憲法第21条は表現の自由で、それを認めています。

国民の“知る権利”は、マスコミによってもたらされたわけであり、元航空幕僚長からもたらされたわけではないことを、我々は今一度認識してみる作業が必要です。

歴史認識のジャッジはマスコミがするべきではありません。マスコミは国民の“知る権利”を充足させるという範囲を逸脱してはならないと考えます。

また、マスコミの発表を『世論』と位置づけ右往左往する政府は、情報戦の上では明らかに敗者となります。国家の活動が、民間営利企業(つまりマスコミ)の情報によって停滞するという現状は、敵国の偽情報がマスコミによって報道されてしまったときなどのケースでも、同様の混乱を引き起こすことを容易に想像させます。

歴史は、多角的なものであり、あくまで国益にかなう分析をすることが正しいのです。そして、謝罪し続けることが国益にかなうと結論づけたならば、そうすることが正しいのですし、新事実が真事実かもしれないという新たな歴史発掘があった場合などは、新たな分析を行い、修正することも国益にかなうことかもしれません。

私は、歴史は常に塗り替えられるものであると思っていますし、生き物のようだと感じています。

宮尾 孝三郎

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