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2008年1月15日 (火)

外で遊ぶ

私の子供の頃、学校から帰り、家で宿題を終わらせると自転車に乗って友達の家に・・・そして公園に行って鬼ごっこやかくれんぼなど、少なくとも3人は集まらないとできない遊びを毎日、少々天気が悪くてもしていた記憶があります。

もう少し記憶を呼び起こすと、自分の町内で会う人みんな知っている人でした。おばちゃんも、おじいちゃんも・・・。もちろん、新聞配達の人も、郵便局の配達の人も、みんな顔見知りでした。たまに知らない人が町内を歩いていると、町中の人が「あの人何処の人?」って感じで、「よそ者」がすぐに分かりました。

いま、私の住んでいるこの場所は駅前で、商業地ということもあり、歩いているほとんどの人を知りません。また、競輪場や競艇場、パチンコ屋さんがあるこの地域に集まる人は、99%が「よそ者」です。子ども達は日々繁華街で生活しているようなものです。

また、「旅の恥は掻き捨て」という言葉があるように、商業地域に集まる人たちは、決して自分の町内ではやらないような行為をすることがあります。バス停やタクシー乗り場、横断歩道上での違法駐車や、ゴミ・たばこのポイ捨て、自転車の乗り捨てなどが目立ち、子どもを安心して外で遊ばせることのできない環境が、駅近マンションの林立する周辺に取りまいているということをあらためて認識しました。

また、昔、犯罪は怨恨や、貧困といったキーワードで理解できるものが多くありましたが、今の犯罪は到底、昔のものさしでは計れない安易なものや、ゲーム感覚のものなど、危険を予測しきれない犯罪がより身近になったという感覚があります。

また、子供の登下校時に、防犯団体に参加するシニア世代の皆さんに子供の見守りをしていただいております。私も毎日登校時間は、パトロールをさせていただいておりますが、共働きが若い世代の夫婦の基本形と定着してきた現在、本来なら子供の親が一番危機感を募らせるはずですが、仕事時間中の場合は他人任せにせざるをえないというライフスタイルになっています。

登下校時間を防犯団体に見守っていただかないと安心できない現代、子どもどうしで公園で遊ぶ姿が見えなくなるというのは当然のことなのでしょう。しかし、それが人間性豊かな生活とは到底思えません。私自身も今にわかに現代の街の素性・本質が分かってきました。大津市は2007年から2016年までの総合計画により、これからもまちづくりを進めていくわけですが、誰にとって安全・安心であるべきなのか、どうすれば安全・安心な街になるのかという部分は、おおいに議論していかなくてはなりません。

「失われた10年」以前の日本の各地域は、地域社会(コミュニティー)で深い結びつきをもつ関係があり「領域性の確保」もできていたのだと思いますが、現代社会は道路網が発達し、まちなかの生活道路でさえ、通り抜け道路としてカーナビゲーションに案内され、また、今撮った写真を携帯電話やパソコンでリアルタイムでネット上にさらすことも容易です。このような領域の認識しにくい社会なのです。

子ども達が外で遊び、社会性を学ぶ土壌を取り戻すことがまちづくりの原点のひとつと認識するならば、防犯環境設計を提唱し実践している、イギリスやアメリカの施策をより真剣に学び取る必要があると思います。

宮尾 孝三郎

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